賃金シミュレーションが必要な理由:採用プロセスの変化

2018年10月11日の日経新聞の記事から引用する。

新卒一括採用、転機に 経団連が就活ルール廃止発表
経団連は9日、大手企業の採用面接の解禁日などを定めた指針を2021年春入社の学生から廃止することを決定した。今の指針は大学3年生が該当する20年入社が最後の対象になる。新たなルールづくりは政府主導となり、大学側や経済界と月内に策定する。経済界が主導するルールがなくなることで、横並びの新卒一括採用を見直す動きが企業に広がる可能性がありそうだ。


https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3628167009102018MM8000/

 就職活動の開始時期のルールを決めても、外資系やIT企業など経団連に参加していない企業が前倒しで採用活動をしており、ルールを守っている企業が不利になると言うことが背景にあると報じられている。
 確かに、早い遅いによる有利・不利はあるだろうが、今回のこうした動きと関連して考えなければいけない事柄が多くある。

(1)新卒の一括採用の意味
 高度成長期は企業は拡大路線にあり基本は人的資源の拡充が戦略としてあったはずである。こうした戦略のもとでは、安定した人員確保の手段としては高校・大学を卒業する人材に目を向けることは当然であろう。
 また、給与面でも、いちいち個別対応することはコストがかかる以上同じ給与にして、その後に個別対応をすると言うことは合理的であると考えられる。
 現在の社会的背景として、企業の持続的成長は自動的に達成できるわけではなく、単に物量としてヒトがいればすむ話ではなくなってきていることを配慮する必要がある。
 反面、時代にそぐわない面も出てきている。
 一斉採用を、大学卒業時に限定することにより、正社員になる道は一回だけのチャンスに絞られる。こうした採用プロセスは、必要な時期に必要な人材を獲得する戦略とは一致しない。現在、中途採用は「経験と技術」を前提としており、組織能力の補充という行き合いでは正しいのだが、そもそも「育成」という概念が欠落している。
これはどういうことかというと、新卒のキャリアルートを前提としており、年齢に応じた「経験と技術」と言うことになる。個別性を無視した採用プロセスのために、元々の人事制度になじまなければ採用はできないと言うことになる。
 顧客の要求水準は上がり続けており、自社の戦力では対応できない事例が出始めている。特にIT業界では顕著であり、大手企業は他社の人材を奪おうとしてる。
 他社からの移籍を促すトヨタの人材採用のポスターや社員が他社の人材を引き抜いた時に支払う報償などを取り上げたニュースなどは、人材不足には一斉採用では対応できないことを物語っている。

(2)内定辞退の影響
 内定辞退率という数字はあまり公表されていないようだが、自身で見聞きした例では、3割から6割という幅で内定辞退率があるようだ。
 私自身が大学生だった頃、解禁は大学4年の10月であった。
 何社もそんなに回れないし、そもそも卒論の追い込み時なので、何社も内定をもらう余裕もなく、決まったらそれで終わりにしていた。
 息子の就職活動の時にその早さに驚いた。性格だろうが、1社に内定をもらったらそれで終わりにしていたが、何社も内定をもらっている学生もいたようだ。
 内定辞退が発生したのは、「バブル崩壊直後のコダック社の内定取消事件(1992年2月)」が契機ではないかと思う。
 内定の約束は破っても良いのだという風潮ができて契機だと思う。
 しかし、これは採用担当者から見れば悪夢だ。
 10人内定を出して3人しか来ないと言うことであれば、事業戦略が崩れて行く。
 大学4年になる前に内定を出す問うことは、一年後にしか戦力として計算できないと言うことだ。すぐに働きに来るわけではない社員を当てにして事業戦略を立てるkと自体が成り立たなくなっているのではないか。
 これを解決したいと言うことであれば、「待遇を新卒と同じにするが、年齢を問わない」という発想に転換する必要がある。
 その場合に、給与は「仕事につける」という考え方にする必要がある。

(3)給与格差について
 日本の企業の初任給が低すぎるという指摘がある
 厚生労働省「賃金構造基本統計調査(初任給)」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/53-1.html)では、平成29年度の調査では、男性で
大学卒 207.8千円 (    〃 0.9%)
高専・短大卒 180.6千円 (    〃 0.5%)
高校卒 164.2千円 (    〃 0.4%)
一方20年前の平成9年では、男性で
大卒 193.4千円 (対前年上昇率 0.4%)
高専・短大卒 168.9千円 ( 〃 1.3%)
高卒 156.0千円 ( 〃 1.0%)
となっており、大卒の初任給が20年間で1万円強しか上がっていないことがわかる。
 わたし自身が、30歳の頃(今から30年前)でも初任給は20万円近くあった。
 驚くほど変わっていない。これは、新卒者の能力を全く認めていないことになる。初任給がまるで時間に取り残されているように感じる。
 まだそれほど事例も多くなく、表面化していないが、そもそも初任給を同じにしないという考え方がある。例えば、十分な職業訓練を受けていない、あるいは専門知識の修得ができていないレベルの社員と、すでに組織が求める能力を保有して発揮できる社員の差をつけるという考え方だ。
 海外展開をする上で外国人の登用を積極的に行うということを真剣に考えるならば、こうした対応が必要であり、結局は社員調達が競り負けてしまうことになる。

(4)人事側の能力不足
 採用時期になると人事担当者が「優秀な人材がほしい」と言っているのは悪い冗談としか思えない。こうした旧態依然の採用プロセスを続けていれば、他社の競り負けるのは当たり前になる。
 内定辞退の発生は、優秀な人材は一部の企業に集中し、他社は、余った人材しか来ないと言うことになる。人材の市場に100のリソースがあっても、30しか活用できない事態になっている。
 なんの工夫もしなければ、結局は人数の確保もできないことになる。
 必要な時に補充できない新卒の一括採用、能力も何も評価していない初任給制度を改めなければ採用面での優位性は作れない。
 そのために、人事戦略として行うべきとは以下のようになる。
・選択できるキャリアプランの多様化
・能力評価のためのシステム構築
・仕事に対応した報酬制度の設定
・単なる人数確保という採用プロセスの廃棄

 さて、こうしたことは簡単にできる話ではない。
 日本の労働基準法などは、会社の勝手な都合で雇用条件を勝手に変えて良いとは認められていない。特に報酬は大きくいじれない。
 したがって、人事制度を変えて行くといった時には「現実問題」として賃金の行く末を考える必要がある。
 賃金シミュレーションに求められる機能として、あらたなキャリアパスを前提とした時にどのような人生設計を立てることができるのかを示す役割を持つことになる。

2018/10/11

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