書評「ITポートフォリオ戦略論 マイクロソフト株式会社コンサルティング本部」2003年
■はじめに
DXと言う用語は、実際はどのようなことを指し示しているのかという議論はされず、何でもITを活用すれば企業の躍進が進むかのようなバズワードと化している。魔法のようなものはないのに、DXと言う言葉が解決策のキーワードとして脚光を浴びている。これは、その少し前の時代に書かれた本であり、DXをITと言い換えているだけである。一つの考え方としては尊重できるが使えない。
いわゆるメインフレームが活躍した時代は1980年代から1990年頃であり、ミニコンが登場し、パソコンへとダウンサイジングが進み、2000年頃は、インターネットをはじめ通信技術がビジネスを一変させる期待が高まっていた時代であろう。
この書籍はその中で書かれている。ITコンサルティングのおそらくは専門家が、多くの企業事例を基にベストプラクティスを整理した本であろう。中小企業に適用できるかと言えば無理であるが、それでも参考になる記述があるので整理しておく。
■概要
この書籍の中では、ITポートフォリオをIT投資のカテゴリーとして下記が示されてており、それぞれの投資目的に応じて対応することの重要性を説く。
1.インフラ関連
2.業務関連
3.情報関連
4.戦略関連
また単に区分と言うことだけでなく、「ITポートフォリオの構成要素とマネジメントの目的」として下記が提示される。
1.インフラ関連
●ビジネス統合
●柔軟性と俊敏性を備えたビジネス
●事業部ITの限界コストの削減
●ITコストの削減
●標準化
2.業務関連
●コストの削減
●スループットの向上
3.情報関連
●管理強化
●より質の高い情報
●より高度な統合
●品質な向上
4.戦略関連
●売上の増加
●競争優位
●競争の必要性
●市場ポジショニング
●確信的なサービス
どのような視点でIT投資をするのかの枠組みであり、一定の汎用性はある。
■ 正解はない
もっとも、ここに記載されている内容は、大企業だからと言うことではなく、経営マネジメントに責任を持つ層にとっては当たり前すぎる内容である。
『情報はそれだけではほとんど価値がない。情報を意思決定に結びつけてこそ、ビジネス価値を生み出すのである。』
『企業にとっては、IT投資も他の投資も変ることはない。つまり、投資は利益を生み出さなければならない。それができないなら、企業は最終的には倒産してしまうだろう。このようにIT投資だけを対象に一般の投資と異なった徳辺つんマネジメントを必要とするわけではないが、IT投資は多くの企業で最大の金額を占める投資項目である事実には留意すべきである。』
あまりにも当然の言であろう。
この書籍においては、様々なフレームワークが示唆される。
●ンフラ投資の4つの見解
①(全社共通での)インフラ無用型
②有効利用型
③戦略依存型
④成功推進型
●IT投資の判断を難しくしている主要な原因
①コストを推測することしかできない
②ベネフィットは、確実に考課ができるものから、全く検証できないものまでまちまちである
③IT文化はプロジェクトを重視している
④ITの意思決定は社内政治の影響を受ける
⑤ITは業務の連携方法を変える
⑥投資のインパクトが弱体化する
⑦IT投資は戦略上の選択である
ただし、一般論であり、基準とはなるが個別論に展開するには無理がある。
これに続く文書の中で解説されるモノの、これもまた抽象的であり、仮に事例があってもベストプラクティスにはなり得ない。
残念ながら、こうした書籍が、いわゆるCIOの役に立つとは思えない。
内容の質が悪いと言うことではない。
「経営は森羅万象」というように、同じ戦略を採り、同じ活動をする企業などはない。常に他社を出し抜くことが生き残る術である以上、自社独自の行動をとる必要がある。経営は常に戦略的である。
その時にすべきことは、自分たちが置かれている状況を理解し、障害となり得るリスクの特定と対処、そして優れた成果を生み出す為の環境整備であり、試行錯誤の繰り返しである。それは、あまりに当たり前のことである
本の後半に下記が記載されている。
●図表9-5 ポートフォリオの健全性を向上させるための4段階
第1段階:健全性の現状を把握する
●ヘルス・グリッド
第2段階:企業に内在するパターンを特定する
●統計分析
第3段階 健全性を損なう要因は何か
●明確なビジネス戦略が欠如している
●情報システム・プランニングが貧弱である
●情報システムの整合性が欠如している
●プロセスを管理していない
●情報システム中心の見方がベースとなっている
●アプリケーションを重視し、インフラを軽視する
第4段階:どうやって問題を解決するか
●情報システム・サービスが提供される方法を理解する
●情報システムのプランニングのアプローチを変える
●ポートフォリオの健全性を定期的に評価する
●プロセスを重視する見方を身につける
●新しいITに投資する
●報酬を業績に連動させる
さて、これが役に立つ場面はあるのだろうか。
■書評
重厚な装丁である事、ITポートフォリオという聞き慣れない言葉であったこと、マイクロソフトという著者の情報にひかれたことなどから購入したのだろう。今から20年前の時代であれば、それなりの指針になっただろう。
しかし、資金力の問題はあるものの、今やIT投資をしないという選択肢はないだろう。AIの活用も、できるところとできないところでは生産性も企業競争力も格差を生み出す。そして、それは単に「メールシステム」や「グループウエア」を導入するレベルで立ち止まっている企業に存続の力強さを求めることはできず、戦略を視野に入れない企業の生き残る術はない気がする。
ITポートフォリオは、自社の置かれている状況を理解する上では有効かもしれないが、もはや「理解」ではなく「戦略的な行動」無しでは生き残れない。また、ITだけを切り出す戦略もないだろう。
「本」の旬は過ぎている。
2025/06/21