世間に転がる意味不明:新たなバズワードとしての「AI統括責任者(CAIO)」
■新しい言葉は世界を変えるわけではない
過日「ITポートフォリオ戦略論」と言う書籍について書評を書いた。
2003年の本なので技術的な背景は現在とは異なるので当てはまらないことも多いが、戦略を重視することや、ビジネスモデルの原則に基ずく事などは普遍的であり、今でも「その通り」と感じることも多い。
ITに関してのいろいろな言葉は出てきては消えてと言うことが繰り返される。いまでは「ニューメディア」などと言う言葉を使う人はいないだろう。
世界は言葉が先に来るのではない。実態が先に来る。それを無視した言葉はバズワードとなる。
■CAIOと言う単語
先日、この単語を扱った記事を見た。デジタル庁に関する記事である。
○「AI統括責任者(CAIO)」を各省庁に設置 デジタル庁が生成AIガイドライン策定
2025年05月27日
デジタル庁は5月27日、政府業務における生成AIの導入・活用に関する指針「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」を策定した。生成AIの利活用とリスク管理を政府横断で推進するための枠組みを示したもの。
対象となるのはChatGPTのような、大規模言語モデル(LLM)を構成要素とするテキスト生成AI。特定秘密や安全保障等の機微情報を扱うシステムは対象外となる。
また、各省庁が調達や契約の段階で確認すべき項目をまとめた「調達チェックシート」や「契約チェックシート」も用意。AIモデルの品質やセキュリティ、有害・差別的な出力の制御、個人情報の取り扱いなど、20項目以上の要件を明示し、リスクに応じて適用する構成とした。
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2505/27/news106.html
関連資料は下記にある。
○デジタル社会推進標準ガイドライン DS-920
行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン2025 年(令和7年)5月27日 デジタル社会推進会議幹事会決定
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/e2a06143-ed29-4f1d-9c31-0f06fca67afc/80419aea/20250527_resources_standard_guidelines_guideline_01.pdf
この資料を眺めていても、何をどう考えるのか一定の基準(What)はあっても実効性(すなわち具体的にはどうするのかと言った指針(How)はどこにも記載がなく、細かいことは当事者が考えろというように読める。
○行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン(案)のポイント
内閣府
(3)生成AIの調達・利活用ルール
※各府省生成AIシステムの①AI統括責任者(CAIO)、②企画者、③提供者、④利用者等毎にルールを規定
AI統括責任者(CAIO)は、各府省の利用者(職員)に向けて生成AIの利用ルールを策定。
企画者・提供者は、本ガイドラインの「調達チェックシート」及び「契約チェックシート」を参考にして仕様書作成や事業者との契約等を行うことにより安全かつ品質の高い生成AIシステムの調達を確保。運用開始後も適切な利用や安全性や品質の確保を定期的に検証。
提供者及び利用者はリスクケースが生じた場合、適切に各府省AI統括責任者(CAIO)に報告し、提供者が必要な対応を実施。先進的AI利活用アドバイザリーボードは各ケースの報告を受け、必要に応じ再発防止策等を検討。
https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_kankeishoutyou/2kai/shiryo1.pdf
言っていることは分かる。しかしデジタル庁の「生成AIガイドライン」は方向性やフレームワークは示すものの、現場での実装に直結する具体性は乏しく、多くの省庁職員や現場担当者にとって「笛吹けども踊らない」内容だと言えそうだ。
いったい何が起きているのか?
こうした動きを示唆するような記事を見つけた。
○米連邦政府、全政府機関に最高AI責任者(CAIO)の任命を義務付け
2024年03月29日
米連邦政府は3月28日(現地時間)、すべての米連邦政府機関に最高AI責任者(CAIO)の任命を義務付けると発表した。公共サービスでのAI利用の安全性を確保する目的だ。
カマラ・ハリス副大統領は記者会見で、行政管理予算局(OMB)の新指針を発表し、政府機関は庁内でのAI利用方法を調整するためのAIガバナンス委員会の設立も必要だと語った。また、政府機関に対し、AI年次報告書のOMBへの提出を義務付ける。
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2403/29/news132.html
アメリカは安全保障上の理由だ。しかし、これをそのママ日本に持ち込むという発想には驚く。
デジタル庁は、そのホームページに
デジタル庁は、デジタル社会形成の司令塔として、未来志向のDX(デジタル・トランスフォーメーション)を大胆に推進し、デジタル時代の官民のインフラを一気呵成に作り上げることを目指します。
徹底的な国民目線でのサービス創出やデータ資源の利活用、社会全体のDXの推進を通じ、全ての国民にデジタル化の恩恵が行き渡る社会を実現すべく、取組を進めてまいります。
とある。(https://www.digital.go.jp/about)
「デジタル時代の官民のインフラを一気呵成に作り上げることを目指します。」というが、かけ声だけの鼓舞では、その言葉がむなしくなる。
■ 先行する言葉
さて、CAIOにはどんな役割があるのだろうか。
CAIOはAIプロジェクトの実施にあたり、プロジェクトのマネジメントを担当する場合もあります。 さまざまな部門や社外との調整を行ったり、予算管理や進行管理などを行ったりしながらリードする役割です。 また実際に技術者と連携し、AIプロジェクトにおける設計・開発・テスト・リリースの調整なども行います。
(https://type.jp/et/feature/23881 参照)
こうしたCxOの類いではCIOと言う言葉がある。これも参考に観てみよう。
CIOはChief Information Officerの略で、日本語では「最高情報責任者」と訳される役職です。企業の情報戦略を統括し、IT部門の管理・運営、情報システムの戦略的活用、経営とIT戦略の統合などを担います。
CIO (Chief Information Officer) は、企業の情報戦略を担う最高責任者です。
(Google AI検索 より)
少しわかりにくい。ChatGPTに少し整理をお願いした。
CIO(Chief Information Officer)
情報システムの企画・導入・運用・セキュリティを管掌
1980年代から。ITの社内活用推進と全体管理を目的として設定された。
CAIO(Chief AI Officer)
AI戦略・AI倫理・AI導入と活用の全体統括
2020年代に台頭。AIによる業務・事業変革の推進
管理する技術領域の違いになる。
もう少し詳しくは以下のように整理される。
CIO(Chief Information Officer)
(主な守備範囲)
情報インフラ全体(ネットワーク、データベース、基幹システムなど)
(対象技術)
ERP、CRM、セキュリティ、クラウドなど汎用ICT
(管理対象)
情報資産、システム運用、ITコスト、サイバーセキュリティ
(意思決定対象)
情報政策、ITインフラ刷新、ITガバナンス
CAIO(Chief AI Officer)
(主な守備範囲)
AI・機械学習・生成AIの戦略、導入、リスク管理
(対象技術)
LLM、機械学習、画像認識、自然言語処理などAI固有技術
(管理対象)
AIプロジェクト、PoC、AIのROI、AI倫理・バイアス管理
(意思決定対象)
AI適用領域の判断、AI導入リスクの評価、社内文化変革
さて、定義としては理解できるが、こうした棲み分けが現実的かと言えば難しい。
グローバル企業、大企業ならばともかく、権限の曖昧さやリスクを情報セキュリティとAIの倫理性など専門性の違いがあっても組織としての取り扱いは相互を分離して考えられない。
従って、CIOとCAIOという名称を分けるのは現実的でない。
振り返って見れば、そもそもCIOと言う名称でガバナンスをしている企業も数えるほどしかなく、中堅以下の企業では、CTO、CHROすら存在しないのが実態であろう。
言葉だけがあっても、何かが解決するわけではない。
■ 戦略の重要性
DXにしてもAIにしても教訓めいた言葉がある。
「全体設計なきERPは失敗する」
「戦略なきAI導入は、制度があっても無意味」
例えば、
「ChatGPTが使えるらしいぞ」→ 全社員にアカウントを配布 → 使い方も用途もバラバラ → データ漏洩リスクだけが残る
これはまさに、
「全社ポータルを作ったが誰も使っていない」
「グループウェア導入後、逆にコミュニケーションが煩雑になった」
という、2000年代初期の“戦略なきIT投資の教訓”を再び繰り返している状況に類似する。
これを回避するためには
・経営戦略とAI技術の接点を設計できる
・投資回収シナリオと撤退条件も併せて設計
・経営企画・人事・リスク部門と連携して価値創出構造を描く
と言う姿勢が必要になる。
そうした目で、デジタル庁のガイドラインには骨格は整っているが中身がないと批判せざるを得ない。その理由は何か?
① 前提が未整理
「どの前提で」「どのモデルを使って」「何をゴールにするか」など、プロジェクトの個別設計に関わる前提条件が曖昧。
②リスク対策の粒度が粗い
α版でのリスク項目は整理されているが、対策が「校正」「モニタリング」「省庁間調整」など抽象的に留まっている 。
③現場実装に直結しない
技術検証レポートでは現場の阻害要因が明らかになっているが、ガイドライン上では「現場と前線でどう落とし込むか」が欠落している。
もっとも、企業はそのビジネスモデルも強み/弱みも異なるし、価値観も異なる。企業の置かれている状況も異なる。デジタル庁のガイドラインは、この程度だと考え、自分自身の企業の戦略を組み立てるのは結局自分自身であると認識して進めるしかない。
結局、「天は自ら助ける者を助ける」に行き着く。
はやり言葉などに惑わされないことだ。
戦略が重要だというのは普遍的に言われていることになる。
それを責任持って行なう役職名など何でも良い。
2025/06/22