ISO9001と経営:4.1 組織及びその状況の理解(組織文化を変えることの難しさ)


ISO9001と経営:4.1 組織及びその状況の理解(組織文化を変えることの難しさ)

■日本郵政の不正の根源

不正が長年続くのは組織の文化に依拠すると言う話がある。
こうした、不正の根源としての「文化」についてはISO9001でも全く取り上げていないわけではない。

ISO9001:2015という規格に「「4.1 組織及びその状況の理解」の注記に二カ所「文化」という言葉が出現する。

注記2 外部の状況の理解は,国際,国内,地方又は地域を問わず,法令,技術,競争,市場,文化,社会及び経済の環境から生じる課題を検討することによって容易になり得る。
注記3 内部の状況の理解は,組織の価値観,文化,知識及びパフォーマンスに関する課題を検討することによって容易になり得る。

このうちの注記2は、社会や国・人種・宗教などに付帯する固有の文化や習慣などが関連するだろう。従って、海外進出するなどをして異なる文化の特性でビジネスを坦懐するときはもちろん、日本国内においても異文化の対応は必須となるだろう。

注記3は、組織の持つ固有の文化を指し、これは価値観に近いものになる。当然、不正が起きやすい企業文化であればそれを変えなくてはならない。しかしこうした企業固有の文化観・価値観は容易に変ることは難しく、それを変える責任は企業のトップになる。しかし、これが容易でないことは下記の記事でもうかがい知れる。

○生まれ変わったJRとは大違い…なぜ日本郵政グループで不祥事が続くのか「民営化のせいではない」本当の原因
一向に「民間企業らしい規律」が働かない組織
2025/07/08

日本郵便の場合、民営化とは言いながら、様々な規制を盾に民間事業者を信書配達などの郵便事業から事実上排除し、日本郵便の独占状態を築いてきた。郵便と競争する「メール便」などのサービスを大手運送会社が断念した途端、日本郵便は大幅な値上げを行った。独占事業は競争がないため、サービスが低下するだけでなく、職員の質が下がり不祥事が起きることに繋がりかねない。今の日本郵政グループの不祥事乱発の背景には、不完全な民営化があるのは明らかだろう。

もうJRが国鉄だった時代を覚えている人は少ないだろうが、分割民営化されて、それまでとは比較にならないほどサービスが良くなり、値上げもなくなり、ストライキで電車が止まることもなくなった。民間企業になって競争が生まれたことが理由だったのは明らかだ。

https://president.jp/articles/-/98046

JRが不正を起こしていないというのは間違っている。古くは福知山線でマネジメントの不備が指摘されており、昨年は車両点検の記録改竄が指摘されている。それでも、改善の道を進んでいる印象のあるJRと異なり、郵政との差は感じる。

何が違うのだろう。

■不正を許す文化の悪循環

様々な報道を見る限り、郵政の不正は長年続いており、次々に明るみのでる仮定で経営トップが何も気がついていないと言うことは考えられない。しかし、「知っていること」と「変えること」の間には大きなギャップがあると言われている。
・具体的に何をどう変えるか分からない(言語化されていない)
・制度は変えられても、行動は変わらない(慣性)
・トップの姿勢が組織の深層に届いていない(浸透力不足)
経営トップの姿勢だという。
しかし、これはおかしな論理である。もし、経営トップが何をすべきかを言語化できないのであれば彼はトップマネジメントとして無能だと言うことになる。
一方で実際の現場が以下のような言い訳をする組織であれば、そもそも文化がゆがんでいると言うことだろう。

言い訳             心理的な働き
————————————————————–
「判断材料が足りない」     責任を取りたくない
「合意形成が必要」       抵抗勢力が怖い
「時期尚早かもしれない」    今の地位を守りたい
「前例がない」         慣習に逆らうのが怖い
「方針が定まっていない」    上司や役員の目を気にする

これは「変えること」への抵抗感が立ち塞がり
・問題を発見しても、「上に報告して終わり」
・ルールを疑うことがタブー
・本音は「飲み込む」もの
・「長いものに巻かれる」ことが処世術

と言う文化を創りかねない。
おそらくはこうした文化は

・長年にわたり、声を上げた者が損をする事例が積み重なる
・「おかしい」と思った新人が、数年で「空気を読む」ようになる
・その“適応”が昇進・評価につながり、再生産されていく

と言う悪循環を生み出す。

■変らない文化という文化

こうした事例を多く見ていると、不正に真摯に向き合い自らを変えてゆく文化があるかどうかが文化そのものではないかと考える。

シャノンなどの組織論を見ると、
・「このままではマズい」という痛み(不安)
・「こうすれば良くなる」という明確な方向性
・「やってみたら本当に少し良くなった」という体験の蓄積

この3つが繰り返されることで、人々はようやく「変わっても良い」と思い始め、やがて「変わるのが当たり前」という文化に移行すると言われている。

しかしこれは容易ではないだろう。
「文化」は自ら作るという文化を創るためには、経験的には数年かかる。
それも、意思の堅牢な経営者と、変化を受け入れる社員の醸成が必要である。

以下のような状況を打破する決心が求められる。

組織の側面       郵政の特徴
————————————————————–
起源          国家機関→「お上の意向を忖度する」官僚文化
組織階層        中央集権型・階層が多い・縦の支配が強い
評価制度        年功と在籍年数に依存、挑戦よりも安定が評価される
失敗の許容       低い。「問題を起こすな」が最上位価値
内部通報・対話文化   形式化しており、心理的安全性がない
不祥事後の対応     表層的・制度対応にとどまり、対話や理念刷新がない

■ISO9001:2015という規格

2024年にISO9001:2015に追補版がでた。内容は「気候変動」に関する事である。従来の品質マネジメントシステムであれば、グローバル課題である「気候変動」は、距離をとるべき課題である。なぜならば、製品実現にフォーカスしている限り、仮にサプライチェーンのリスクがあるとしても「気候変動」は管理・コントロールできるものではなく、マネジメントの対象とならないからである。

それでも、こうした「気候変動」の要求事項が出てくる背景には、単に組織の内側だけを見ていることは許されないことなのだと思う。

では、今後ISO9001:2015という規格がどうなってゆくのか。正直に言えば分からない。
しかし、一昨年のビッグモーターでの不正、長年の検査不正や記録改竄などが、単に刹那的な事故ではなく組織文化に根ざしたものであることは明らかであり、文化という視点が焦点化されてくることも予想される。

文化というテーマを考えてもらえる材料になれば幸いである。

2025/07/21