戦略人事:AI時代のコンセプトの転換(「人が成長できる生態系(エコシステム)を設計する主体」)

戦略人事:AI時代のコンセプトの転換(「人が成長できる生態系(エコシステム)を設計する主体」)

2025/10/29


■3年内離職率の3年の意味

3年内離職率に関する記事を見た。

○大卒3年離職率、33.8% 4年ぶり低下―厚労省調査
2025年10月24日

 厚生労働省は24日、2022年3月に大学を卒業し、就職後3年以内に離職した人の割合が前年比1.1ポイント低下の33.8%だったと発表した。16年ぶりの高水準を記録した前年調査からは下落したものの、より良い労働条件を求めて転職活動する人は依然として多い。低下は4年ぶり。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2025102400649

もっとも多少の増減はあるものの、3年内離職率の数字は大きく変っていない。
ところで、この「3年」という数字はどのような意味を持っているのだろうか?

一つは、データの安定性や集めやすさがあると言われている。

・雇用保険被保険者データを用いた追跡調査で、
・学卒時点から3年目までの転職・退職をほぼ網羅できる
という統計的に扱いやすい期間である。行政的には「実務上、追跡可能な期間」として3年が選ばれた。と言うことらしい。

では企業から見るとどのような意味があるかと言えば、3年は新卒を「一人前」に育てる標準的な期間として考えられている。一般には

1年目:導入・教育(職場慣れ)
2年目:実務習熟(指導下での実践)
3年目:独り立ち・基礎的戦力化

という育成モデルがあり、この枠組みの中で3年以内の離職は「育成投資が回収されない損失」と見なされることがあるために関心が高いと考えられる。

■キャリア志向の分岐点

もう一つ指摘されているのが、キャリアの転換点である。離職をするかどうかに当たっては
・自己効力感(自分がやっていけるか)の形成の程度
・仕事内容の全体像の理解と自身のキャリアとのマッチングの有無
・同期・上司・職場文化との関係が安定する、もしくあ違和感が固定化する時期
が背景として重要になる。

自身の転職の経験や知人の転職の経緯などを見ても妥当だと感じる。
機会があり、若者の転職に関しての意見交換をしたが、もうすでに3年も待たないという意見があった。

・スキルの陳腐化が早く、3年より短い周期でキャリア観が変る
・職場選択理由が「適合」や「学び」に移っている。成長できないという判断は致命的である。
・学びの場が豊富になっている。リスキリング・副業などで、スキルアップが短期化している。

石の上にも3年は死語になりつつある。

■採用戦略の変質(即戦力志向)

こうした、キャリア志向の明確化、あるいは潜在的に思考を持っている層が増えていることは企業側も考えているし、採用戦略も変更していると聞く。
・既存の間接部門を中心にリストラが行なわれている。プロフェッショナルでなければ会社を去らなければならない雰囲気は醸成されている・
・中途採用の市場が活性化している。容易に即戦力となる人材へのアクセスが可能になっている。
ということも諸般の記事から読み取れる。

企業が「即戦力」を求めるのは、単に人手不足だからではなく、教育・育成コストの回収期間が短くなっている。かつては、10〜20年単位で人材育成を行い、終身雇用を前提に回収する構造だが現在は、

・技術や市場の変化が早い
・事業のライフサイクルが短い
・人材が数年で転職してしまう

という条件のもとでは、長期的な育成投資がリスクになる。つまり、企業側から見れば「3年内に辞めるかもしれない新卒」より、「最初から即戦力として成果を出せる中途」が合理的に見える。というのが前項までの話になる。

下記の様な指摘も見る。

「リクルートワークスなどの調査によると、近年は「通年採用」「リファラル採用」「副業人材活用」などが急速に拡大しています。これにより、新卒枠に頼らずとも多様な人材を確保できるようになり、「新卒一括採用の優先度」が下がっています。特に地方中小企業では、「新卒を採ってもすぐ辞めるより、経験者をパートタイムでも雇う方がまし」という現実的な判断が広がっています。」

これは「新卒採用の抑制」と「即戦力志向」は、
・教育投資の回収リスクの増大
・雇用流動化の定着
・採用手法の多様化
という構造変化の中では合理的反応といえる。

■AI時代の育成戦略

AIの時代においては、特定の事業領域の専門性も必要だが、いわゆるリベラルアーツも必要とされている。専門知識は比較的短時間で修得できるだろうが、常識や教養と言われる領域は時間もかかるしアプローチも多様だ。それぞれに応じた育成システムが必要なのだが企業の対応が遅れていると感じる。

特にリベラルアーツは「知をつなぎ合わせ、問いを立て、意味を構築する力」に必要な力であり、

・哲学的思考(なぜそれをするのか)
・歴史的文脈理解(何がどう変化してきたのか)
・対話・物語化の能力(どのように他者に伝えるか)

が問われる領域になる。AIは情報処理には強いが、「意味の創出」には弱いと言うことを補完する能力になる。

そであれば、企業に求められるのは、専門性×教養=意味づくりの人材の育成戦略になる。
戦略の再設計が必要になる。

企業は、「教えること」よりも「学び続ける文化をどうつくるか」
を問われる時代になっている。例えば、

・社内大学やナレッジ共有プラットフォームの構築(Googleのg2gなど)
・ピアラーニング(同僚同士の学び合い)
・生成AIを使った自己学習支援環境の整備

なども方向性として考えるべきである。単なる教育施策ではなく、組織文化の再設計になるだろう。

こうした戦略の明確化は「人が成長できる生態系(エコシステム)を設計する主体」であることを内外に喧伝できることになる。

「変化に対応できる人材を育てる」ことが競争力の源泉になり、採用戦略での損失を避ける唯一の方法になるだろう。

閑話休題