ISO9001と経営:AIガバナンスの難しさ(若者に広がる「電話恐怖症」の先にあるもの)
2025/10/31
「ガバナンスが効いている」とは、
誰も勝手に暴走せず、誰も無責任にならず、仕組みとしてそれを防ぐ状態が維持されていること。
■AIによる研修の拡大
面白い記事を見た。
○営業なのに「電話が怖い…」、若者に広がる「電話恐怖症」のリアル。電話が苦手な部下に上司はどう対応すればいいのか?
2025/05/28
電話恐怖症とは単なるわがままではない。固定電話がある職場で働く20歳以上の男女562人を対象とした2023年の調査では、職場での電話対応に苦手意識がある20代は約75%。30代でも6割強にのぼるという。
一方、当時のような「効率」を目的にしたものではなく、昨今は「効果」に主眼を置いたシステムが注目を集めているのだ。その代表格が、電話の会話内容をAIによって分析するサービスだ。
・話すスピード
・被せ率(被せる比率)
・ラリーの回数(話者が切り替わった回数)
・沈黙の回数
……などを定量的に測定し、アポ獲得や成約率向上につなげる。営業スキルを鍛えるうえでも効果的なシステムが、大企業を中心にかなり定着している。
https://toyokeizai.net/articles/-/880458
単に、「今時の若者は」と言うことではなく。これからの人材育成や経営におけるガバナンスの方向について考えさせられる記事である。
直感的な印象について言えば、既存の営業研修に変る新たな可能性を感じるところだろうか。既存のマナー研修まで含めた、こうした対人関係の研修、営業研修は
(1)特定のカリスマ講師に依存する傾向がある。○○都氏のようなやり方は彼女にしかできないためにリソースに限りがある。
(2)駅前で大声で叫ぶ、無茶な登山の強行など科学的でない根性論の育成が新興宗教のように存在する。
こうした漠然とした営業教育でなく、テーマを絞った研修であればAIで設計できるのではないかと期待させるのが上記の記事である。いわゆる怪しげな「研修」の排除になる。
■効果の保証
「電話・会話内容をAIが分析・フィードバックする」と言う技術はすでにサービスが提供されており、すでにコールセンターの対応などについても、通話・会話内容を分析して、話し手(エージェント)のパフォーマンス改善に役立てるプラットフォーム。例えば「発話比率」「ラリー回数」「沈黙・被せ」などを定量化し、分析し、「話しすぎ」「聞きすぎ」「買い手反応を逃していないか」などを指摘・教材化していると聞く。
一方で、挨拶・マナー教育の特化教材として「個人営業/小規模企業/一般ユーザー(電話が苦手な若者向け)」に広がっているとは言い切れないようだ。電話マナーや「沈黙・被せ率」などの細かい=高度なコミュニケーションスキルをAIが完全に“教える”には、まだ文脈・文化・個人差の理解が十分ではないという指摘がある。
また、それに並行して、「効果の品質問題」もある。これは何を指しているのかと言えば、「教育の効果」を何ではかり、誰が責任を持つのかと言うことに帰着することができる。
従来の人が行なう研修では
・内容の正確性 教材の監修者・講師の専門性(資格・実績)
・指導の適切さ 経験に基づく判断、個別対応(「空気を読む力」)
・成果の検証 テストや実地評価、OJTでの行動変化確認
・継続性 人事制度・教育体系によるフォロー
という「内容+人+検証」という枠組みで成り立っている。
では、これにAIが介入するとどうなるか。
・内容の信頼性の揺らぎ
AIが生成した教材は「出典不明」な場合があり、事実誤認や曖昧表現を含みうる。
・指導者の不在
「相手の反応を読み取って教え方を変える」という“人間的調整機能”が不十分。
・成果の検証不能性
AIが与えた「理解したように見える応答」が実際の定着・行動変容を保証しない。
・継続的改善のフィードバックが閉じる
AIが教える内容をAIが評価する――つまり「自己完結系」になる危険。
もちろん、人が介在する余地は増やすハイブリッド型などもあるが、AIがアルゴリズムの塊であり、動作原理が「確率・統計」である以上、人間の機微な環境(ある意味予測不可能な心理的揺らぎ)にアクセスできない以上、「学びとは、知識の獲得よりも、自己理解と他者理解の変化である」という人間的要素にアクセスできないと言う問題は解決されない。
すなわち、AIが導き出すアウトプットには「正確性」を求めるのは間違っているという事に対応できない、状況ではAIでの行使の代替はまだハードルが高い。
■AIガバナンス
それでも、生成AIの技術的な進歩は目を見張るものがある。経験的に見ると、ますます人間じみてきており感心する。いずれ「AI教師」も現実化するだろう。しかし、AIによる自動化が進むと懸念もある。それは、責任の所在の曖昧さだ。
例えば、自動車を例に取ると、昔は「人が運転 → 人が過失を負う」という単純な構図だったが、自動運転(レベル4や5)になると、判断・制御の主体が人間からAIに移るため、次のようなグレーゾーンが発生する。
状況 誰が責任を負うのか?
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ソフトウェアが誤判断して事故 開発者か?運用者か?ドライバーか?
センサーの誤作動で制御不能 部品メーカーか?統合メーカーか?
ドライバーがAIの指示に反した ドライバーか?AIの設計者か?
この「判断の主体」と「責任の主体」が一致しない構造は、法体系(刑法・民法・製造物責任法など)にとって非常に扱いが難しい問題になり、いちぶEUなどでも法的対応(世界的動向)は始まっているもののまだ社会的合意は確立していない。
それでも、企業はこうしたAIを使う際のリスクへの対応をしなければならない。
そこでキーワードとなるのは「AIガバナンス」になるだろう。
「AIガバナンス」という言葉は聞き慣れないかもしれないが、ここ数年で急速に使われ始めまた言葉だ。ただし、その中身はまだ流動的だ。もっとも、中心にある考え方ははっきりしており。
「AIの設計・利用・管理において、責任・透明性・公平性を確保するための枠組み」
ということになる。
では、それはどのような枠組みなのか。
まず、「ガバナンス」とは本来、「統治」や「管理の仕組み」を意味する。単なる管理(management)ではなく、方向づけと監督の仕組みを指す。したがって、企業ガバナンス(corporate governance)でいえば、
・権限と責任の分担
・意思決定の透明性
・不正防止の仕組み
を定める。
この「ガバナンス」という概念をAIの世界に適用したのが「AIガバナンス」になる。
調べてみると、国連・OECD・EU・日本の内閣府などが共通して挙げる要素は次のようなものであることが分かる。
分類 内容
————————————————————–
透明性 AIの仕組み・意図・限界を明示し、
説明可能(explainable)にする
公平性 人種・性別・地域などによる偏り(bias)を最小化する
安全性・信頼性 想定外の出力や誤作動に対して安全設計を行う
プライバシー保護 個人データの利用を適正に管理する
責任性(accountability) 開発者・利用者・経営層の間で責任を明確にする
持続可能性 環境・社会に対して長期的な悪影響を与えないようにする
(参考:AI事業者ガイドライン(総務省・経産省))
もう少し平たく記述すると下記の様になる。
ガバナンス原則 AIの場合の実装例
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責任の所在 AIの出力・判断の責任を誰が負うか(AIの“飼い主”を定義)
監視と牽制 AIの学習・出力ログを人間が定期監査する
透明性 モデルの判断根拠を説明できる(Explainable AI)
倫理的一貫性 人権・差別・プライバシーの侵害が起きない設計
継続的改善 誤作動・偏りを検出したら学習データやルールを修正
まずはAIを活用する側が、これにどう対峙するのかを整理しなければならない。
便利だから使うというのは「個人」のレベルでは問題が起きないとしても、企業内の多数が使う環境になると突然利害関係者が増える。喜んでばかりもいられない。
閑話休題