2019年秋。能登半島まで家族旅行に行ってきました。

■ 家族旅行

我が家では、ゴールデンウイークとか夏の盛りでの休暇というのはほとんどしない。
私自身がいろいろな作業もあり、また混んでいるところに出かけるのがいやだからという理由がある。
今回は、息子が比較的長めの休みを取るというので、それに合わせて少し遠出をした。
息子もいい歳なので「彼女」でもつくってくれればとも思うのだが、仕方ない。
とはいえ、交代で運転するので、今回は和倉温泉までと云う、長距離と3泊4日という家族旅行になった。
あまりあちこちに寄らないのでのんびりした旅行になり満足できた。
とはいえ、いろいろ考えることもあり、気になったことを整理して行こう。

■ 休暇という概念

ひとり事業主という立場なので基本は休みたいと思うときに休むと言うライフスタイルなのでが、では自由に休むのかと云えばそんなじゆはそれほど無い。お客さんとのやりとりの問題や自分に課した課題などの問題もある。
現在、いろいろなことが一段落しているので、数年前に断念した「社員意識調査のすすめ」というテーマでのドキュメントを書いている。
当然お金を稼ぐ行為もするし、そのための自己研鑽、また未来投資なども行う。
そのため、定期的な休日というのはない。

今回も、あちこち見ながら思うところがあり、やはり頭の中には純粋に観光を楽しむと云うこととは別に考えることも多い。

昨日テレビを見ていたら下記のようなニュースをやっていた。

コンビニオーナー 週休1日以下85% 経産省調査
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191106/k10012165761000.html

深刻な人手不足などコンビニエンスストアが直面する課題について、経済産業省が加盟店のオーナーを対象に行ったアンケート調査がまとまりました。週に1日以下しか休めないオーナーの割合が85%に上るなど、コンビニの厳しい労働実態が浮き彫りとなりました。

とあった。

ここ一年ぐらいに問題化しているコンビニオーナーに関するニュースだ。
金銭的な余裕があるかどうかはともかく、個人営業主であれば、顧客と市場の制約が許す限りいつでも休めるし、そもそも、休みが取れないのは自分の選択だと思う。
365日24時間営業を選択した瞬間に、「休日」という概念はどこかに飛んで云ってしまう。

とはいえ、こうしたことが問題になるのは「コンビニオーナー」は名ばかりで、結局はサラリーマンと同じ発想なのかもしれない。フランチャイズという形態は、本部と店との対等な関係性をつくらなければいろいろな問題が出てきそうな気がする。

2019年・秋の旅行(1日目)

■ 立山

 

 

 

 

 

 

 

当初は黒部ダムまでと思ったのだが、時間がかかるので今回は諦めた。
宇奈月温泉に泊まる計画も考えたのだが、結局は天気に左右されるので云ってから考えようと云うことになった。

さて、早朝(五時)に家を出たおかげで昼前に立山に着いた。
ロープウエイで上まで上がるのだが、チケット売り場には各所のモニターが映し出され、今の状況がわかるようになっていた。
売り場のお姉さん曰く「雪が降っていますが大丈夫です」って何が大丈夫なのかわからないが室堂までの往復を手配した。

ロープウエイは8分ほどで美女平に連れて行ってくれる。平均斜度は25度ほどで最大で30度近くなる。眺めはイマイチだが一気に上まで連れて行ってくれる。
美女平から室堂まではバスで1時間ほど。春先に両側が行きの壁になることで知られているルートだそうだ。

いまは両側が紅葉で美しい林の中を駆け抜ける。
突然山並みが目の前に飛び込んでくる。
やはり壮大な眺めだ。

天気も良く、遠くの立山連峰や剱岳、眼前にはミクリが池が広がり、しばし時間を忘れる。
また来たいと思わせる景色だった。

2019年・秋の旅行(2日目)

■ 富山城

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテルの目の前には富山城址公園があり早朝に散歩した。
歴史的なことはあまり調べてはいない。
城跡が一部に残っており、城そのものは公園としての体裁を整えるために後でつくったのだろう。

公園の入り口には城が見える。
公園の中には日本庭園なども配置され、円形からの眺めはなかなか絵になる。
お城と云えば「お堀」というのもお約束だろう。

都市の中央にこうした余裕のある公園があることは訪れる人に良い印象を残す。

街路のあちこちには、芸術作品が展示されており、もしかしたら街づくりのコンセプトの一環かもしれない。

こうしたことにお金をかけられるのは余裕があるのかもしれない。

■ ライトレール デ9000形(セントラム)

「福井モデル」という書籍には、地方での街づくりのコンセプトなどが記載されている。
富山の路面電車についても、周辺からのアクセスをバリアフリー化し地域の活性化につなげようという取り組みだったと記憶している。

車両もヨーロピアン風なものが紹介されており、一度みたいと思っていたのでよかった。
この他にも複数の車両がその個性を際立たせており、富山の豊かさを感じる。

富山市のホームページには同じアングルの写真があった。
カメラの性能差があるので、スマホの写真と云うことでご容赦。

 

■雨晴海岸からの景色

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

富山から能登半島の西海岸に向けて走ること小一時間で雨晴海岸に着く。
道の駅の手前に見晴台があり、能登半島が一望できる。

道の駅は国道沿いの少し小高い位置に配置され海岸が一望できる。
海岸に向かい所には鳥居があり、由緒ある場所だと云うことを主張している。

海岸を降り右を展望すると昨日行った立山連峰が見えるらしい。
少し煙っているのが残念。

眼下には氷見線も走っており、偶然列車を見ることができた。

■定番の水族館

 

 

 

 

 

 

 

今回の旅行での思い出としては水族館もあげておく。

息子が小さい頃から水族館は好きで良く立ち寄る。
特に観光のおすすめスポットではないのかもしれないが目にすると、とりあえず行ってみる。

のとじま水族館は事前に何も調べずに行った。
見かけは狭そうで、またクルマもそれほど多くはなかったので期待はしなかったのだが、思いほか良かった。

売りの一つに「ジンベイザメ」があり、結構大きな水槽は印象的だった。できればもっと大きな水槽の方がのびのびと泳げるのだがとも思うのだが、水槽の壁のアクリル板の強度の問題もあるのだろう。

亀やクラゲ、鰯の大群などが間近で見られる工夫がされており、なかなかの創意工夫を感じられた。
お客さんも、一体どこから来るのかと不思議なほど多かった。
カップルも結構いたので、定番なのかもしれない。

2019年・秋の旅行(3日目)

■ 和倉温泉

 

 

 

 

 

 

 

能登半島の喉元にある和倉温泉。
宿から外を眺めると、おそらくは七尾北湾だろうと思うが、能登島を囲むように紺碧の海が広がっており、その右手には和倉と能登島を結ぶ橋が見える。
観光季節からは少し外れているのだろうか、人も少なく落ち着いた気持ちで過ごせる。
温泉の質も癖がなく、朝風呂まで楽しんだ。

■ 野尻湖

 

 

 

 

 

 

以前、生物系シンクタンクにいたこともあり、マンモスの化石の発見なども話題として聞いていたので野尻湖に立ち寄ってみた。
湖面は青空が映え、遠くの社もそれなりに美しい。
しかし、設備は昭和の時代で時が止まったような寂れ感があり、とても観光地として整備されているとは言えない。おそらく二度と行かない気がする。
風光明媚さはあるのに残念。

■ 湯田中温泉

 

 

 

 

 

 

 

湯田中というよりは渋温泉に近い。
ちょうど紅葉が見頃であり、川面や階段の上にある神社にその色が映えている。
遠くに目を移すと、夕焼けに染まった山に月が昇り風情のある気分をもらうことができる。
川の水量は多く、その音は宿で部屋でくつろいでいるときにも聞こえる。
泊まった宿は、江戸時代から続いているとのことで190年の歴史があるとのこと。
先週の台風の時には、川が氾濫に一歩手前で恐ろしかったとのこと。
今までに二度ほど宿が流されたとのこと。
自然と付き合うというのはそういうことかと感心した。

2019年の秋の旅行記として。

 

豊かさ指数/幸せ指数

「幸福度ランキング」という指数があり、県別に順位を競っているらしい。
伝聞では、埼玉県は最下位になってしまい、当時の知事(土屋氏)が異議を唱えて中止になったとか。

とはいえ、未だにランキングは行われているようだ。

私はと言えば、時々地方に出向くことがあり、限られてはいるが時間を見つけてはぶらぶらする。

そうした中で見る風景は、ここ埼玉や東京で見る景色とは異なり、「美しさ」を内包している。この地に来るには新幹線でしか来ることはないだろうが、東京からはそれほど時間はかからない。なかなか移住とは行かないが、憧れは生まれてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と言った話を地元の人に言ったら、「冬は雪で大変だし、し仕事もないぜぇ」と揶揄された。

それでも、普通の回転寿司でこれを食えるなら考えてしまう。

マヌル猫を見に行きました

「マヌルネコの赤ちゃんがかわいい」という妻の一言で、突然休暇を取ったのが先月。
幸い平日なので、宿も確保して突然の夏休みとなった。

自分で気ままに仕事をしているのでこの辺は自由が利く。

 

 

 

 

 

ここに来たのは子供がまだ小さい時だったから20年ぶりくらいになるだろうか。
当時は、本当に牧場に毛が生えた程度であったと記憶しているが、今回は展示を工夫した動物園のようになっていた。

当然、危険な動物(蛇やピューマなど)や保護が必要な動物(アヌル猫、アライグマ)は見学者と隔離しているが、鳥やナマケモノなどは近寄れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

耳元をオウムが飛んで行ったのには少し驚いた。
ワオキツネザルなどは、自由に見学者のそばを行き来している。

 

 

 

 

 

 

 

 

おそらくは、旭山動物園や到津の森などが手本なのだろう。彼らの功績は大きい。
この辺は「戦う動物園」に詳しく書かれているので興味がある方は。

平日だというのに思いのほか入園者が多いのにびっくりする。
次に来ることがあるかどうかはわからないが、もっと動物との出会いが多くなると嬉しい。

そうそう、爬虫類のいる展示場所ではカメが自由に徘徊している。出口に陣取っているカメは中に移動させていた。ほっておくと「脱走」するらしい。

日本アイアイファンド 活動報告会

昨日、東大本郷の「東大総合研究博物館7階ミュジアムホール」で日本アイアイファンドの年に一度の総会・活動報告会が開催された。

アイアイファンドは純粋に個人の寄付だけで成り立っており、昨年の寄付者は100人に上る。活動は2002年から行っているので、すでに15年以上になる。
協力者の多さは島先生の人徳によるところも多いのだろう。

現在は、保護区での植林に力を入れており、いわゆる放火による火災防止に努めている。
順調に柵の建設と植林は進んでおり、森の復活が見えてきている。感覚的ではあるものの生き物も戻ってきているようだ。

来年は生物調査をしたいとの思いもあるが、いかんせん資金がないのが悩みだ。
現在の寄付に加え、100万円ほどが必要になる。
とはいえ、活動方針として企業の寄付は考えていないので、協力者を募るしかない。

100万円なので、5千円ずつ200人という計算は成り立つものの、単純にお金を集めれば良いという物でもない。

日本アイアイファンドに賛同をしてくれることが大前提になる。
悩ましいところだ。
皆さんにも「日本アイアイファンド」の活動に関心を持ってもらえるとうれしい。

さて、現在「東大総合研究博物館7階ミュジアムホール」では家畜展を行っている。
犬猫などではなく、いわゆる役務補助・食料としての牛・馬・羊・山羊・鶏などはおよそ1万年前に中近東で発生したのではないかと言われている。

最初は、その場で殺して食べていたのだが、偶然かどうかはともかく「生け捕り」にしていたところ、子供ができるなど管理可能であることがわかったのが最初のきっかけではないかという説明だった。

 

 

 

鶏も、食べるのはもちろんだろうが、飾りとしての羽や鳴き声の鑑賞にも勝ちを見いだしていたようで興味深い。

 

 

 

 

 

 

 

興味を持たれた方は一度行って見てはどうだろう。
大丈夫、東大に入るのに試験はない。

非日常の向こう側(岡上淑子 フォトコラージュ を見て)

先日「岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟」を見に行ってきた。

フォトコラージュというのはなじみがないかもしれないが、写真を切り貼りして現実には無い世界観を表現するモノと言える。

 

展覧会の案内で紹介される作品の多くは、人物の顔を切り取って扇子やトカゲの顔に張り替えたもので、印象的なモノが多い。しかし、ある意味グロテスクな面を強調することになり鑑賞者に驚異本位に走る余地を与えてしまう。

実際は、もっと多様であり、「こうした発想もあるのか」と感心させられる。

体の部位のパーツの組み合わせを変えたり、縮尺を変えたりして再配置することにより現実世界にはない「何か」を表現すると言うことは、発想の自由さを促す。

考えてみれば、ゴジラなどの怪獣映画などは生き物の縮尺の改造であるし、ろくろ首など日本の妖怪などもその一つとみることもできる。

窓に水槽の画像を貼り込み、周囲に魚を泳がせ、縮尺を変えた人物の配置をするだけで違った風景になる。

現実世界で今見えていることに疑問を持ち、様々な試行錯誤を来る返すことで新たな発見を見いだすことができる。とは、ビジネスにイノベーションを持ち込むことの議論をするときにもよく言われることだ。

しかし実際には常識に縛られ、それを壊すと言うことにはなかなか踏み出せない。
常識に縛られている自分にはっとさせられた時間だった。

2018年秋 南伊豆 先日の休暇の記録

少し足を伸ばし、南伊豆での休暇を楽しんだ。
目の前の弓ヶ浜は、季節外れと言うことでヒトはほとんどいなくて静かな海が目の前に広がっている。

キャンプやバーベキューなどは禁止されており、砂浜にはほとんどゴミはなく、気持ちの良い景色を楽しむことができる。

それでも夏場は海水浴のお客さんでごった返すのだろう。

磯の香りはほとんど無く、潮の香りさえない。
知人に訊いたところ、「おそらく海藻がないんではないか」とのこと。
そういえば伊豆半島の海は岩礁が多く、噴火によってできあがった半島なのかもしれない。

現在は伊豆縦貫道を建設中とのこと。交通の便の悪さがこうした落ち着いた景色を残しているのかと思うと少し複雑な気がする。

いろいろ事情があり、あまり遠出ができない中で今まで訪れたことがない場所に休暇の地を求めてきたのだが、思いのほか喧噪とは無縁の地に立てたことは感謝。

2018年秋 西伊豆旅行

沼津港深海水族館
 
伊豆沖は急激に深くなっており、深海の宝庫だそうだ。
息子が「ダイオウグソクムシ」を見たいとのことで見学。
平日だというのに混んでいるのにはびっくり。
 
ここの売りは「シーラカンス」と「ダイオウグソクムシ」なのだが、そのほかの深海生物も展示の仕方が工夫されていて飽きさせない。
 
冷凍したシーラカンスなどは「こんなに大きいのか」と感心させられる大きさになっている。
目のところに光バクテリアを保持して暗闇で光さかな
ピクリとも動かないオウムガイ
周りの珊瑚と区別がつかないカサゴのようなさかな
基本深海に生きるさかなは目の前に餌が来ないと動かないのかじっとしている。
 
館の人が暇なのかいろいろ話をしてくれた。
・水槽には圧力はかけていない。深海から徐々に引き上げてならさせる
・内部の空気が膨張したら針で抜く
・光と水温の調整で環境を整える
・初めて飼育するものは難しい。海外に問い合わせたり、死んだものを解剖して、胃の内容物で餌を調べる
・単純に見つかったから展示されるわけではない。計画的に行っている。研究活動としても大変
・食べられる魚が多く、美味しい
 
意外と広いのと展示されている魚が多いので飽きない。
「水族館なんて」と言って馬鹿にしないで行ってみてはどうか。

エミリー・クレイン=シャドボーンの肖像

先日(9月14日)、上野の藤田嗣治展に行ってきた。
金曜日の午後であればすくだろうという思惑で、4時ぐらいからの展覧としゃれ込んだ。

 

すでに秋田県立美術館でいくつかの作品を見ていたことと、藤田に関する書籍を読んでいたので、余計な説明文を見ずに作品自体を楽しめた。

さて、写真やインターネットの画像である程度作品の予備知識はあったものの、いろいろ驚いた。

・キャンバスが大きいモノが多い。裸婦像にしろ肖像画にしろ、その大きさによる圧倒的な存在感はすごい
・そのくせ、細かいところまで書き込まれており、背景となる布地の絵柄まで細かく書き込まれている。
・線の一本一本まで丁寧な書き込みがされており、そのすごさは写真や画像などではわからない。質感が表現されている。
・また、作品数の多さにも驚かされる。物の本によると、非常に短い期間で書き上げていたとのこと。

写真は、「エミリー・クレイン=シャドボーンの肖像」

写真だとわからないが、質感がすごい。

ソファーなどは立体的に見え、柔らかさが感じられる。

猫の毛も一本一本描かれており、その精緻さには圧倒される。

藤田の絵は,もちろんいろいろな人の影響を受けていたことはあるだろうが、藤田しか掛けない絵を描いていると思う。当時の日本画壇が理解できなかったことはわかる。

彼は額縁も制作している。
へーと思うような作品に出会えると思う。

混み合っていない時間帯を探していって見てはどうだろう。

ターナー展

昨日、新宿の東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館という長ったらしい美術館にターナー展を見に行った。

昨年から、気になっていた一連のテーマ、「19世紀の絵画」「風景画」の最後の仕上げ的な観覧になった。

春先には「ホキ美術館」を訪れ、精密画としての風景画を鑑賞した。
残念ながら、すごいと思うものの、それほどの感動はなかった。

ターナーの風景画は、中央にランドマークとなる建物が小さく描かれ、そこに向かって人や動物、自然の樹木などが配置されており、目の動線を意識したものとなっている。
その技法は、吉田博に影響されているといわれており、確かに以前みた彼の絵の技法に表れている。

風景画は、旅行案内的な意味合いも含んでいたようで、それとわかるものであり、どこともわからない風景を描くものではない。

作品は「水彩画」が多い。絵具は透明なものではなく顔料を含んでおり塗り重ねができるようだ。そのため「油彩」かと見間違うほどの重厚感があり驚かされる。

かれの作品には、詩の挿絵として銅版画なども数多くあり、その精緻さには驚かされる。
展示は、水彩とそれを版にしたものが併設されており、水彩画の雰囲気を損なうことなく版画にしているその技術に驚かされる。

正直、日本の画家が描く風景画が雑なものに感じてしまう。
彼の作品の精緻さを見ると、いかに細部にまでこだわっているのかを感じさせる。

帆船を主題にした絵も多く残されている。
有名なところでは「ミノタウルス号の難破」だろうか。

彼の生きた1800年前後は、フランスとの戦争の真っただ中でフランス革命、ナポレオンの台頭で、海洋での軍事的なぶつかりがあった時代だろう。
題材もドーバー海峡を背景にしたもの、戦艦を題材にしたものなど、海洋国家イギリスを象徴させる作品が多い。

歴史的には、ロマン主義といわれる作風の時代であり、印象派などにつながるはざかい期にあったのかと思う。

先日見た、ルーブル美術館展では、ルネサンス以前の宗教画からの画風の流れを感じたが、ターナーの絵画は、それとは異なり、おそらくはその時代の最先端の技法を模索していたのではないだろうか。

絵を見ただけで、「これはターナーの作品」とわかるように技術を磨き上げていたのかと思う。

秋口にはまたすぐれた作品を見る機会もあるだろう。
それまで少し休憩。

 

 

 

 

ハーモ美術館

6月2日、3日の土日は諏訪湖に滞在。
久しぶりの諏訪湖になる。

ホテルが建ち並び景観も大分変わったが、それ以上に美術館が増えているのでびっくりする。郷土の資料館のようなものもあり、美術・芸術の街にしてゆくのかという勢いだ。

観光というわけではないが、今マイブームの「美術館」巡りをしてきた。
といっても、何カ所もいけるわけではないので一つだけだが。

ハーモ美術館。
この美術館は1990年に創設されたということなので、それほど古いわけではない。

展示は「グランマ・モーゼス」「アンリ・ルソー」の絵を中心に、1890年から1910年頃の時代に活躍した作家の作品が多い。
「グランマ・モーゼス」は、アメリカ人女性で、その題材は人々の集う田園風景が多い。あまり知られていない作家だが私は好きだ。
風景画が多い、この年代の作家の画風を表している。

20世紀初頭は、先日秋田美術館で見た藤田嗣治がパリで活躍していた時代に重なる。
モノの本によれば、アンリ・ルソーなどは「素朴派」呼ばれる範疇らしい。
宗教的な要請や時代の権力者・貴族などの要請で描かれた絵画が、画家自身が書きたいモノに移行していった時代ではないだろうか。

印象派のような絵画の技法ではなく、美しいと思ったモノを自分の筆で素直に書いてゆく時代になってゆくのが感じられる。

ただし、どうしても「単に絵を描きました」という印象を拭えず、心を奪われる絵画がなかったのが残念。

入り口にあるオブジェ撮影は入館した人へのサービス。

2018年6月3日