1.年をとるままに勤め上げるという幻想を捨てられないのか
若かったせいもあるだろうが、私は30歳で転職をし、その後安定した雇用関係を結んだ働き方をしたことがない。
最初の転職先は、1年ごとの契約で年俸制だった。
昨年度は何をしたか。今年度は何をするのかなどを話し合い契約を更新する。
年俸額は、他の社員とのバランスを考えて決定されている。必ずしも成果主義とは関係ない。単に報酬制度が「年俸制」であっただけで、給与の決め方はサラリーマンと大きく異なるわけではない。
それでも、仕事の範囲をある程度自分で決める世界に身を置いた。
そこは、5年ほど所属し、新たな領域の仕事をしたくて、知人と会社を興すことになる。
現在の(有)中野ソフトウエアサービスは1999年。45歳の時に起業し、今に至る。
必ずしも恵まれた状況ではなく、バブル崩壊やリーマンショック、震災などの間接的ではあるが影響を受けて四苦八苦している。
そうした中で、旧知と話をする時に「中野はいいよな!」という声を何度か聞いた。
当時は、彼らの方が年収も仕事も恵まれており不思議な気がしたが、なんとなくわかる。
自分の何かを犠牲にして会社という組織にいることの不満が現れたのかもしれない。
もっとも、その後定年まで勤め十分な退職金をもらい、継続雇用を約束されている彼らは今では私のようにならないで良かったと思っているかもしれない。
60歳まで雇用が約束され、不十分かもしれないが65歳まで雇用が約束されているその環境を手放すリスクは誰もおかさないだろう。
多くの人は、同じ会社で定年まで勤め上げると云うことから逃れられない。
一方で、3年内離職率は大卒で30%、転職率は毎年10%という数字は、ここ何十年の変わらない。一定程度の人材の流動が発生している。
にもかかわらず、雇用に関わる諸制度は法律にしろ会社が作る規定も、終身雇用を前提としている。
「年をとるままに勤め上げるという幻想」から逃れられないのは、政府や雇用者側にある。
2.解雇ができない雇用制度
「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」が平成24年に成立されている。
この法律の趣旨としては
・継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止
・継続雇用制度の対象者を雇用する企業の範囲の拡大
・義務違反の企業に対する公表規定の導入
・高年齢者雇用確保措置の実施および運用に関する指針の策定
等を柱としている。
「高齢者の就労促進の一環として、継続雇用制度の対象となる高年齢者につき事業主が定める基準に関する規定を削除し、高年齢者の雇用確保措置を充実させる」ことを主眼としており、65歳まで雇用を確保させるための仕組みといえる。
参考:高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律 関係資料
(https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002l15q-att/2r9852000002l19o.pdf)
そのため、雇用者側の選択肢は、平成25年4月1日までに
①65歳以上までの定年引上げ
②基準を廃止して希望者全員を65歳まで継続して雇用する制度への制度改正
③定年の定めの廃止
の三つの選択肢があるが、大部分の企業は再雇用制度を選択していると云われている。
定年を設定する場合にも、注意事項が示されており(https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/model/dl/07.pdf)むやみな解雇ができないようになっている。
また、この法律の中で、目を引く部分は下記の通りである。
現在の高年齢者雇用安定法に基づく高年齢者雇用制度において、定年を定める場合には、60歳を下回ることができない(法第8条)。
結局、会社としては解雇権の乱用ができないために、どのような制度を設けようとも65歳までの雇用義務が発生する。
それも、60歳になったからと云って突然職務を変更することは訴訟リスクに発展する。
参考:再雇用で別業務は違法 名古屋高裁、トヨタに賠償命令
(https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG28HB6_Y6A920C1000000/)
3.人事制度の改訂への圧力
こうしたことへの対応は、人事制度特に就業規則などの雇用契約に関わる規定の見直しを求められることになる。
厚生労働省の下記のサイトを見ても、多くの注意点が列記されている。
高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)
https://www.mhlw.go.jp/general/seido/anteikyoku/kourei2/qa/index.html
高年齢者の雇用
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/jigyounushi/page09.html
参考にしてほしい。
さて、こうしたサイトを眺めていると、結局は「人事制度の改訂」にたどり着く。
賃金制度にしても昇級や昇格の制度にしても、一定年齢をターゲットとした制度になっている。
単純に、50歳から55歳、55歳から60歳、60歳から65歳と働く期間が延びるごとにつぎはぎのような人事制度では限界だろう。
全く新しい人事制度のフレームを作る必要がある。
時間的な制約などもあり選択できなかったであろうが「定年の廃止」も真剣に考える必要がある。
そのときに、会社はどのような働き方を用意できるのだろう。
4.やめやすい会社への変身
定年の制限がなくなるというのはどんな意味を持っているのだろうか。
同じ会社・同じ職場・同じ同僚・同じ仕事を40年、50年続けるのだろうか。
もっと違う可能性を自分で探すことはしないのだろうか
私はいやだ。
もっといろいろな世界を見てみたい。
新しいことにチャレンジしたい。
こういった思いが、今の人事制度で実現することを阻んでいるなら、新しい人事制度を設けるべきだろう。
コンセプトは「やめたいといった時に会社が支援してくれる人事制度」がどうだろう。
さて、人事制度の機能の一つに「育成」がある。
よく、「即戦力」という言葉が使われるが、最初から使える社員は非常に少ない。
能力を発揮すると云っても、他者の力を借り手という方が多い。
(1)社内での育成ステージ
新卒であろうが中途であろうが一定期間は会社の庇護の元で仕事をする。
この期間(長かろうが短かろうが)においては会社の持ち出しになる。
成果に応じた報酬ではなく、いてくれるだけで良いので単純な報酬体系にし、資格等級なども設定する必要は無い。
(2)自立活動ステージ(前期)
他者と協力して、あるいは自分だけ成果を出せるようになったら、その成果に応じて報酬を出す。課長職などの管理業務であれば、その責任の重さで報酬を決めても良い。
最初の持ち出し分を回収するまでは、社員に雇用責務をもうけても良いだろう。(法律的にできるかどうかはともかく)
それを過ぎたら、継続を前提とした複数年契約を結んでも良いだろう。
(3)自立活動ステージ(後期)
この期間中には、社外への転出を含めてキャリアパスのデザインを社員にさせる必要がある。自身で起業するのであれば、能力開発だけでなく、社内起業制度の確立や資金調達の支援なども人事制度に入れておくこと。
また、社内でさらに上位の役職を目指すのであれば、そのための仕事の割り振りをしてあげる必要がある。
(4)組織貢献ステージ
自律して活動が期待されるステージになる。
社員がどのようなつてで報酬を得るのかを選択させる。
自ら事業を運営して報酬を得ても良い。
企業の取締役として出向いて報酬を得ても良い。
誰にもできない専門技術でそれに見合った報酬を要求しても良い。
さて、こうした報酬制度を考える際の注意点は下記の通りだ。
- どのステージに何年という枠を当てはめる必要は無い。自分で決めても良いし、会社と話し合いながら決めても良い。ふさわしくないとなったら報酬が下がるだけだ。
必ず、後工程のステージに行く必要は無い。「自立活動ステージ(前期)」でとどまる選択肢があっても良い - 会社へのロイヤリティを醸成すること。どんな働き方であっても会社への貢献が認められるように支援すること。働き方を社員が選択できるようにすることが必要だろう。
5.高齢者への対応を特別にしなくてはいけない理由はない
さて、高齢者のことを問題にする時に、「高齢者は弱者なので補助が必要である」「長年勤めてきているので見捨ててはだめだ」という倫理観があるなら、それは人事制度とは別の枠組みで考えるべきだろう。
それは、「生活保護」と大して変わらない。
弱者は高齢者だけではない。身体的なハンディキャップを持っている人や、いわゆる知的障害で健常者とは異なる領域で働かざるを得ない人たちがいる。こうした人たちが働ける職場環境を作ることは会社の責務だろう。
高年齢だから、簡易な仕事に回すという発想をやめなければ解決はしない。
その人にしかできない働き方を探すと云うことは「高齢者」だけを対象とすることではない。安易に「高齢者」と云うことを前面に出すべきではない。
能力開発は、現状の仕事に人を当てはめることではない。仕事のやり方自体の開発もしなくてはならない。
AIとIoTはそのためにある。
2018年7月3日
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