戦略人事:関与を深めるべき問題としての認識はあるのか(労働組合とストとリストラ)


戦略人事:関与を深めるべき問題としての認識はあるのか(労働組合とストとリストラ)
海外でのニュースであるが気になったので。

■人事部門の役割の拡張

「伊藤レポート」の本質は企業の資産価値を高め投資家からの資金調達を安定させるための指針であると思っている。その延長線上に人的資本開示などもある。そのために人材部門は従来のオペレーショナルな役割から業績に責任を持つ戦略的な部門になることを求めている。
一方で置き去りにされているのは、企業のリストラやアウトソース先への人権を無視したと取られかねない対応である。こうしたヒトの問題は人事部門の役割の範疇であるがなかなか実体が分からない。
もし、労働組合問題は一部の専門家(法務や組合対応部門)の役割であると認識していると問題が起きることを防ぐことはできない。

■なにげなニュース

○ステランティス、米で6400人の社員に早期退職制度導入
2023年11月14日
欧米系自動車メーカーのステランティスは13日、米国の社員6400人を対象に早期退職制度を導入すると発表した。電気自動車(EV)への移行や、全米自動車労組(UAW)との新労使協定の合意を受け、コスト圧縮に取り組む。
対象となるのは現在米国で組合に加入していない社員1万2700人の約半数。このほか組合に加入している2500人は対象外となる。
「ステランティス」と聞き、なんとなく聞き覚えがあると思ったら、今年の大規模な自動車関連のストの対象となるアメリカのビッグ3の一角だった。
そういえば、ストは終結したが雇用に関しては何か決着したのだろうか。
○UAWと自動車大手3社が暫定合意  ―4年半で25%の賃上げなど
2023年11月
労働協約の改定をめぐる自動車大手3社(フォード・モーター、ゼネラル・モーターズ/GM、ステランティスのいわゆるビッグスリー)と全米自動車労組(UAW、組合員数約15万人)との労使交渉は10月30日までに各社で暫定合意に達し、のべ6週間にわたるストライキが終了した。UAWは、各社からそれぞれ「4年半で25%の賃上げ」や、賃金を物価に連動させる「生計費調整(COLA)」制度の復活などの労働条件引き上げを獲得した。
上記の記事の中で
UAWは今回の労働協約改定交渉で、
(1) 4年間で40%(交渉の過程で36%に変更)の賃上げ
(2) 賃金をインフレ率(物価)と連動させる生計費調整(Cost of Living Adjustment, COLA)の復活
(3)2007年の金融危機以降に入社した従業員の賃金が低いといった「二層賃金制度(Two-tier wage system)」の廃止
(4)退職者の福利厚生の改善
(5)工場閉鎖に対するストライキ権の獲得
(6)有給休暇の増加
(7)臨時工(Temporary Employees)の待遇改善
(8)週32時間への労働時間の削減
(9)ガソリン車から電気自動車(EV)への移行に伴う雇用確保
などを求めた。
とある。
臨時工ついては「(9)臨時工を一定期間後に正社員化」とあるが「(9)ガソリン車から電気自動車(EV)への移行に伴う雇用確保」については明確な記載がない。
産業構造の変化や市場構造の変化に対応させるためにはリスクの高い約束はできないと云うことであろうか。

■リストラの制約条件

市場環境の変化に応じて生産プロセスが変更され、結果として人的資本の再配置が必要になることは理解できる。しかし、「再配置」や「再訓練」を配慮していない雇用調整は納得できるものでもない。こうした「再配置」や「再訓練」を配慮していない雇用調整は海外だけでなく日本でもごく普通に行なわれることは最近のニュースでも明らかであろう。
もちろん、むやみに解雇できないことは下記の様な原則が一般的であるので、暴動などは起きないと思われる。
(ChatGTPに聞いてみた:解雇した社員に対しどのような責任があるのか)
多くの国では、解雇には様々な要因が関与し、適用される法律も異なります。しかし、いくつかの共通した原則が存在します。
①非差別原則(Non-discrimination): 解雇は差別に基づいていてはなりません。性別、人種、宗教、障害などに基づく差別的な解雇は法的に問題となる可能性があります。
②契約違反の確認(Breach of Contract): 解雇は、労働契約や雇用規程に基づく条件を遵守する必要があります。解雇が契約違反となる場合、企業は法的な責任を負う可能性があります。
③公正な理由(Just Cause): 多くの場合、解雇には公正な理由が必要です。これは業績不振、不正行為、規則違反、職務不遂行などが含まれます。
④通知と手続き(Notice and Due Process): 解雇は通常、事前に通知され、従業員に機会が与えられます。特に大規模解雇の際には、法的手続きが規定されていることがあります。
⑤退職手当や補償(Severance Pay): 一部の国では、解雇された従業員に対して一定の期間の給与を支払うことが求められることがあります。
(ここまで)
しかし、こうしたことが対策として取られていたとしても皆がしあわせになるわけでもなく問題が解決するわけでもない。

■認識の再構築

公的資料で少し概念的なことを整理しておこう
(労働基準行政)
 多くの労働法がある。これへの順守は企業の責任であるが自覚しているだろうか?
1 労働基準法
昭和22年制定。労働条件に関する最低基準を定めています。
賃金の支払の原則・・・直接払、通貨払、全額払、毎月払、一定期日払
労働時間の原則・・・1週40時間、1日8時間
時間外・休日労働・・・労使協定の締結
割増賃金・・・時間外・深夜2割5分以上、休日3割5分以上
解雇予告・・・労働者を解雇しようとするときは30日以上前の予告又は30日分以上の平均賃金の支払
有期労働契約・・・原則3年、専門的労働者は5年
この他、年次有給休暇、就業規則等について規定しています。
2 最低賃金法
3 労働安全衛生法
4 労働者災害補償保険法
5 労働契約法
しかしこうした法律があっても労働問題は中々解決されない。
多くは経営者が法令遵守の意識が低いからではないかと思っている。
(労働組合)
 こうした働くヒトの権利を守るための枠組みが「労働組合」である。
労働組合は「労働者が主体となって自主的に労働条件の維持・改善や経済的地位の向上を目的として組織する団体」、すなわち、労働者が団結して、賃金や労働時間などの労働条件の改善を図るためにつくる団体です。
 日本国憲法第28条では、
   1. 労働者が労働組合を結成する権利(団結権)
   2. 労働者が使用者(会社)と団体交渉する権利(団体交渉権)
   3. 労働者が要求実現のために団体で行動する権利(団体行動権(争議権))
の労働三権を保障しています。
 この労働三権を具体的に保障するため、一般法として「労働組合法」などが定められています。
(再雇用)
いったん雇用から離れるとどのぐらい再雇用が難しいのだろう。抗したことに関してのデータがはっきりしないし、おそらくは個別事情もあるだろう。
マクロデータを見ると1年以上の失業が続くヒトを長期失業をと呼び、2012年に107万人いたが、2020年には54万人に減っている。日本の労働力人口が6000万人から7000万に似ることを見れば比率としては低いかもしれないが、それでも一定数いることは配慮すべきである。
第1-(2)-21図 年齢階級別・失業期間別にみた完全失業者数の推移

■労働争議の潮流

1990年代のバブル崩壊後、正社員の実質賃金は低迷し、非正規社員の比率が高まり、その賃金すら、さらに低い階層になっている。貧困と格差は解消されることはない。
企業は労務コストの削減だけでなく、保険料の支払いなどの責任を回避するために正社員を減らし、パートアルバイトに仕事の責任を押しつけていると感じる。ウーバーイーツやヤマト運輸などに代表されるようにアウトソース先は個人事業主だという論理で安全管理を他社に押しつけている。
いまは、正社員、非正規社員、契約社員、外部委託者は連携されていないが、いつかしっぺ返しが来るかもしれない。一つは労働組合の結成とストの決行である。
○61年ぶり大手百貨店でスト「日本でびっくり」「雇用確保してあげて」
2023/08/31
 開店時間の午前10時になってもシャッターが開かず、臨時休業を告げる貼り紙を物珍しそうに写真に収める人の姿も。埼玉県本庄市の大学3年(20)は「日本でほとんどストライキが起きたことがないのでびっくり。働いている人の権利を守るために必要なことだと思う」と今回のストを評価した。
こうしたことを甘く見てことが起きてから何もしないと云うことはいつか企業の競争力を損なうかもしれない。
人事部門が「戦略的」に経営に関わるのであれば、こうした労働争議の未然防止にも目を配るべきである。
労働組合やストなど面倒だと言うことではなく、また他人任せにするのではなく自らの問題化をしなければやはりオペレーショナルな役割から脱却できない。
(2023/12/11)