未来への手がかり:イノベーションの負の側面(ギガキャスト)


■なにげなニュース

昨年(2023年)の夏ごろニュースであったが、自動車部品メーカーや鉄鋼メーカーに影響が出そうなニュースが流れた。

○トヨタ、新技術採用続く生産現場公開-ギガキャストや自走組立ライン
2023年9月19日

ギガキャストは米EV専業メーカー、テスラがパイオニアとなった生産技術で、同社を率いるイーロン・マスク氏の今月出版された伝記によると、同氏がモデルSのおもちゃを見て、エンジニアたちに車の各部をダイキャストで作る方法を見つけろと迫ったのがきっかけだ。ロイターの報道によると、テスラはギガキャスト技術を使ってEVの車体下部のほぼ全てを一体成型する技術の実用化に近付いている。

先週公開されたギガキャストのプロトタイプは、10分の1スケールのモデルで高さは数十センチだった。しかし、等身大で使用可能になれば、トヨタはガソリン車やハイブリッド車のように、何百万台ものEVを製造することになる。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-09-19/S17G59T0G1KW01

関連ニュースを見ても利害関係者への影響を危惧するニュースが見られた。

○EVのギガキャスト採用、明らかに粗鋼の使用量減る=柿木JFE社長
2023年7月12日

JFEホールディングスの柿木厚司社長は12日、電気自動車(EV)にアルミニウム主体の一体成型技術「ギガキャスト」の採用が進む中、「明らかに粗鋼の使用量が減る」と危機感を示した

トヨタ自動車は今月、米テスラが先行して採用している「ギガキャスト」と言われる技術を2026年に発売する電気自動車(EV)に採用すると発表。大型の鋳造設備で複数のアルミ部品を一つのパーツとして成型する一体成型技術により、部品点数や工程数を減らすことができる。車の主力素材が鉄からアルミになることで、鉄の需要が減少するとの懸念が出ていた。

https://jp.reuters.com/article/jfe-idJPKBN2YS0AL

そうした思惑にかかわらず、ギガキャストの流れは進むのであろう。

○テスラ・トヨタが採用表明「ギガキャスト」、リョービが試作の受託へ50億円で新工場
2023年07月13日

リョービは11日、国内最大級となる型締め力6000トンクラスのダイカストマシンを導入すると発表した。約50億円を投じて菊川工場(写真、静岡県菊川市)内に新建屋を建設。2025年3月に稼働させる。米テスラをはじめトヨタ自動車も採用を表明している巨大アルミダイカスト部品、いわゆる「ギガキャスト」向けで、自動車メーカーからの試作の受託を目指す。

https://newswitch.jp/p/37717

■コインの裏表

ギガキャストは、それまで細かい部品を組み立てていた製造プロセスを一新するもので、コスト面や製造時間の短縮などでメリットが出ると思われる。もちろん、強度や材料調達の面など考えなければいけないことは多いだろうが、イノベーションと云っても良いだろう。

一方で、多くの部品で構成されている場合には部分的な修理や交換で対応できるが、一体化した成型であれば、それはできないので「全部交換」と云うことになるだろう。おそらくは、成型も複雑化するので「修理」は現実的でない。したがって、修理コストの増加が発生し、場合によっては修理ではなく交換というのが主流になるかもしれない。

そうした場合の「トータルコスト」は高くなる可能性もありメリットだけではなくなる。しかし、これもモノの見方次第である。

すでに、多くの家電では「修理」という概念はなくなっている。故障すれば廃棄して新しいものを購入する人が多い。パソコンやプリンタなども、かつては修理(例えばメモリーの交換、コネクターの交換などではあるが)といった選択肢があったが、おそらく今は「買い換え」になるだろう。ハードシスクの交換なども今は廃れた技術かもしれない。

単純化した少ない部品の自動車は、修理ではなく交換という概念でメンテナンスを考えることになり、いつかトータルコストの低減に向かうだろう。

今はデメリットも将来にわたってデメリットであるとは限らない。
コインの裏表は一時的なものである。

■顧客にとっての意味

しかし、忘れてはならないのは「顧客にとっての意味」である。
生産コストが下がることには意味がある。
・自動車価格の低減
・安全運転への投資の促進
・働く人の意欲増進
など、必ずしも顧客にダイレクトに便益が返らなくとも、自動車メーカーが「余裕」を持った経営ができるなら、それはいつか顧客の為になる。安全を無視した日野自動車やダイハツ工業のことを忘れてはならない。

イノベーションを寺社のメリットだけで考えていてはならない。社会、市場、顧客あるいは業界などへの影響を配慮しなければならない。さもないと、イノベーションの暴走(軍事への転用など)を止める方法への配慮などが欠けてしまう。

新しい技術は「世界の何を変えるのか」の視点をもつことが重要である。
ギガダイキャストは電気自動車への布石だけとは限らない。自動車製造への参入障壁を下げ、もっと自由なデザインの自動車があふれるかもしれない。それは市場を活性化させるだろう。

(2024/01/05)