戦略人事:ジョブ型雇用の同床異夢(教育訓練のコストは誰が負担するのか)
■あいまいなDX人材
DX人材が足りていないという記事やニュースは昨年来から繰り返されている。繰り返されているが解決されていないという記事も見る。
○人材育成DXが進んでいない組織は78% 中小企業の半数が学習管理システムを未導入—2024/08/08
LDcubeは、人事担当者に対し、「ポスト・コロナの人材育成施策の実態」についてアンケート調査を行った。
・65%の組織が「人材育成施策の効果を感じられていない」
・「人材育成のDXが進んでいない」は合わせて78%学習管理システム(Learning Management System)などのプラットフォームを活用しているかという質問に対し、「活用している」と回答した組織を規模別で見ると「1001名以上」は61%、「301~1000名」は26%、「300名以下」は13%という結果になった。
https://hrzine.jp/article/detail/5958
しかし、前提としてあるのは「人材育成計画」であろう。
IT企業で無い限り、一般的なITスキルの獲得を目指して、例えばITSSなどを基準とした人材育成計画を立てようが、それは教養を見つける以上の意味は無く、実務には直結しない。
仮に、専門教育の育成プログラムがあったとしても自社の実務と対比させなければ意味は無い。
○富士ソフト、IT未経験入社者向けの社員教育を富士ソフトアカデミーとして一般向けにプレ開校
2024/08/09
富士ソフトアカデミーは、今までITに携わってこなかった方々にIT教育を提供し、DXを担うエンジニアとしての実践力を身に付け、成長産業であるIT業界への転職を叶えていただくことを目的とし、プレ開校するアカデミーです。
https://shikiho.toyokeizai.net/news/7/000000114000061382
こうしたサービスの活用が無意味とは言わない。しかし最初にすべきは、必要人材のスキル定義である。
■期待する側と期待される側のギャップ
人材が不足しているというが、実はコンピュータの東上した黎明期から常にIT人材は不足していると言われている。昭和60年代にプログラマーが不足すると当時の通産省が危機感をあおったことを私は覚えている。
労働人口が減ることはすでに既知であり、一方でビジネスの高度化はより優秀な人材を欲している。労働政策もこれに準じた形で議論がなされている。
○雇用政策研究会報告書(案)概要
~多様な個人が置かれた状況に関わらず包摂され、活躍できる労働市場の構築に向けて~
労働供給制約下で展望される今後の労働市場
✓日本の総人口は、2040年には現在の9割に減少し、65歳以上がおよそ35%を占めると推計されている。労働力人口は、1人あたりの実質経済成長や労働参加が現状から進まないと仮定し機械的に推計した場合には6002万人となるとされる一方、経済成長と多様な個人の労働参加が実現した場合には、6791万人となることが見込まれる。このような労働市場を実現するには、多様な個人の労働参加の促進と経済成長を実現するための労働生産性の向上が重要。
✓人手不足については、労働需要量に対し労働供給量が追いついていない「労働需要超過型の人手不足」、求人と求職のミスマッチによって生じる「摩擦的な人手不足」、職場環境や労働環境が個々の労働者の制約に対応していないことや、企業側が求めるスキルを有する人材の不足による「構造的な人手不足」といった類型が考えられ、処遇の改善等を通じた労働参加の促進、労働市場のインフラ整備、職場環境の整備・人材育成の強化等のそれぞれの類型に合った処方箋が必要。
✓これまでの雇用政策では、労働者の能力向上に向けた施策の充実が図られてきた側面があるが、人手不足が深刻化する中にあっては、企業が労働者に選ばれる職場をつくる能力を高めることが重要。こうした職場づくりに向け、労使の適切なコミュニケーションが重要。
https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/001278633.pdf
上記では
・多様な個人の労働参加の促進
・労働生産性の向上
・企業側が求めるスキルを有する人材の不足
・人材育成の強化
などが指摘されているが、これらは企業側の都合であろう。
これに対し、働く側はどう感じているのかを知ることも重要である。
○第15回 働く人の意識調査
今後の景気は悲観的見通しが5割に迫る、テレワーク実施率は16.3%に増加
2024年7月29日
2. キャリア形成と人材育成:「メンバーシップ型」が微増、自己啓発への意欲減続く
・希望する働き方について、メンバーシップ型を「同じ勤め先で長く働き、異動や転勤の命令があった場合は受け入れる」、ジョブ型を「仕事内容や勤務条件を優先し、同じ勤め先にはこだわらない」働き方として聞いたところ、ジョブ型が2023年7月調査の67.4%から64.8%に微減した一方、メンバーシップ型が32.6%から35.2%へと微増。
・自己啓発を「行っている」は前回1月調査の13.5%から13.4%に、「行っていないが、始めたいと思っている」は24.5%から21.9%に微減。一方で「特に取り組む意向は無い」は64.7%であり、過去最大となった。雇用者の自発的な学習意欲の低下傾向が続いている。
https://www.jpc-net.jp/research/detail/006970.html
最後の「雇用者の自発的な学習意欲の低下傾向が続いている。」は気にすべき内容だ。
政府や企業がリスキルの重要性を語っていたとしても、それは働く側だけに押しつけても合理性がないことを示している。
■投資を無視したジョブ型雇用の自己都合
ジョブ型雇用は、それまでのメンバーシップ型とは異なる人材マネジメントの一テーマとして2023年から脚光を浴びていた。ジョブを明らかにすることで、企業にとっては有能な人材を確保し、働く側にとってはふさわしい報酬を得られるという、幻想めいた議論がされていた。
しかし、かつて目標管理制度が導入されたときと同様に運用のノウハウがない現実に、それほど浸透はしていないのではないかと匂わせる記事が出ている。
○中途採用権者(採用側)600人、会社員(人材側)1,000人に聞く、日本の「ジョブ型雇用」の実態と課題
2024.07.31
「ジョブ型雇用の今」調査総括
・採用側も人材側も日本でのジョブ型雇用の普及に「賛成」する人が多数派であるにもかかわらず、実態は伴っていないと感じている。
・懸念点として、採用側も人材側も、「採用や評価の制度を構築するのが難しい」「評価が難しい」を挙げ、ジョブ型雇用の普及には、ジョブごとのグレードに応じた業務内容の明確化や適切な報酬水準、評価方法などの制度設計が現状では難しく、評価する制度運用にも課題がある。
・終身雇用制度の下でゼネラリスト育成の方針がとられてきたことから、人材側には自らのスキルがジョブ型雇用に見合うかの不安がある。
https://research.jac-recruitment.jp/information/339/
こうした議論で抜け落ちているのは、そのジョブを担う能力を身につけるためのコスト負担は誰が担うのかと云うことだろう。
■企業は人材投資の意味を考えるべきである
ジョブ型雇用の根底は、「すでにスキルを身につけた人材」を調達すると言う視点であろう。そこには教育投資という概念はない。もちろん、育成という視点で「ジョブ型」を考え、社内から調達するという考え方はある。しかし、そこでも「自発的」な育成が幅を利かせているのではないだろうか。
経験を積ませるという意味でのOJTは、それなりに有効であろうが、その内容はお寒い限りである。単に先輩の元に後輩を付けるという枠組みがほとんどである。
知識を習得させると言う意味合いでの座学を業務の中に組み込んでいる企業は皆無である。通信教育(eラーニングを含む)であろうと通学であろうと勤務時間内に(例えば5時から6時は教育の時間として)時間枠を取っているところを見たことがない。
お昼休みに勉強会を開催している所などは労基法違反ではないかとさえ思ってしまう。
会社が投資をしないで得られたスキルは本人のものであり、そうした企業にとどまる理由はない。中途採用者が、その会社にとどまる理由は報酬(福利厚生などを含む)だけになる。ギブアンドテイクが狭い範囲にしか適用できない。
この会社は人材投資に真剣であるというブランドを作れば、(候補を含めた)優秀な人材が集まるだろう。ジョブ型雇用というなら酒量型ではなく牧畜型を目指してはどうか。
2024/08/16