「IT産業 再生の針路 破壊的イノベーション時代へ」 田中克己 2008年


「IT産業 再生の針路 破壊的イノベーション時代へ」 田中克己 2008年

■書評めいた話

表題は少し刺激的であるが内容は一言で言えば「旧い」というのが感想になる。
この本が書かれたのはいわゆるサブプライムローンを引き金に起こったリーマンショックが世界を不安定化させ始めた頃であろう。刺激的ではあるが悲壮感は少ない。

それは「序章 21世紀の新IT産業とは」の中で米国のサブプライムローン、いわゆるリーマンショックを視野に入れながらIT産業の成長を信じ、一方で「しかし肝心のITサービス業界は、ユーザー企業の要望に応えているだろうか」と問い掛けていることからもうかがいしれる。

時代背景としてはオフショアをことさらに取り上げているが、すでに戦略展開をグローバル化している大企業にとっては今更の議論ではないだろうか。

著者の立ち位置からすれば、その興味の対象は大手のITの会社であり、NTTデータ、富士通、日立、NEC、野村総研、三菱総研、CTC、日本ユニシスの記載が大半である。しかし、これらの企業は、そもそも自力があり、21世紀になったからと言って戦略を特別に変えることはなく、変化に対応するという基本原則は変わりない。

従って、NTTデータが掲げる戦略上の下記のポイントも普遍的になる。

・営業開発プロセスの改革
・グループ経営の効率化を推進
・低採算ビジネスの見直し
・成長エンジンの開発
・人材育成の重視

これは処方箋になり得るのか。

■処方箋

表題に「再生の針路」とあるがこれはレトリック上の誤謬であろう。企業は常に環境変化に対応しなくてはならないのは自明のことであり、ことさら「再生」という言葉を使う必然性はない。また「針路」というが、書かれていル内容は「処方箋」にはならない。

例えば、下記のIT経営憲章などは言われるまでもなく当然すべきことである。

参考:【IT経営憲章】
~ITを我が国の競争力の糧とするための10原則~
経営者は、グローバル化する経済の中で、国際競争力を獲得し、社会に有用な価値を提供し続けるために、次の10原則に基づき、ITを駆使した企業経営を実践する。
【経営とITの融合】
経営者は、自らの経営判断に基づき、企業改革や業務改革の道具として常にITを戦略的に活用する可能性を探求する。
【改革のリード】
経営者は、企業改革にITにおける技術革新の成果を生かし、日々の細かな改善を含め、中長期にわたり、取組みをリードする。
【優先順位の明確化】
経営者は、取り組むべき企業改革や業務改革の内容を明らかにして、その実現に向けたIT投資の優先順位を常に明確に現場に示す。
【見える化】
経営者は、ITを活用し、競争優位の獲得に必要な情報や業務を可視化し、かつステークホルダーへの情報開示や透明性の確保に取り組む。
【共有化】
経営者は、「見える化」した情報や業務を「共有化」し、企業内での部門を超えた業務間連携、業種・業態・規模を超えた企業間連携を促す情報基盤構築やバリューチェーンの最適化に取り組む。
【柔軟化】
経営者は、ITを活用し、個々の企業の枠にとらわれず、業務やシステムの組み替えや、必要な情報を迅速かつ最適に活用できる事業構造への転換に取り組み、経営環境の急速な変化に柔軟に対応する。
【CIOと高度人材の育成】
経営者は、最適なIT投資・IT活用を実現するために、CIOを任命し、ともに企業改革や業務改革に取り組む。また、産学官、ユーザー・ベンダの垣根を越えて、ITを駆使した企業改革を推進できる高度人材の育成・交流を推進する。
【リスク管理】
経営者は、IT活用がもたらすリスクと、問題が発生した際のステークホルダーや社会に及ぼす影響を正しく認識し、その管理を徹底する。
【環境への配慮】
経営者は、環境に対する企業責任を認識し、IT活用によるエネルギー効率向上や省資源化に取り組む。
【国内企業全体の底上げ】
経営者は、IT投資から最大限の効果を引き出すためにも、中小企業等企業規模や業種の如何を問わず、企業の枠を超えて我が国企業全体のIT経営の改善・普及に取り組む。
https://tech.acenumber.com/hptips/%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%82%B9/it%E7%B5%8C%E5%96%B6%E5%8D%94%E8%AD%B0%E4%BC%9A%EF%BC%8Fit%E7%B5%8C%E5%96%B6%E6%86%B2%E7%AB%A0/

経営者として当然のことではあるが、体力のない中小企業や、結局は人月で経営をしているソフトウエア企業にとっては絵に描いた餅である。

■書籍の存在意義

こうした書籍は、当時の業界が置かれていた背景を理解する上では有益ではあるが、現在の戦略策定に基本情報にはなり得ない。例えば「オフショア」は技術革新やアウトソーシングの多様化・グローバル化で単独で議論すると言うことはなく、ビジネスパートナーとどのように協業するかという視点につってきている。

当然その時代を理解することは重要であるが、こうした「後追いの解説」めいた書籍の意義はと問われると困ってしまう。

2025/03/24