戦略人事:対話が重視される経営(人材の流動化への対応)
■新たな研修の潮流
目をひいた記事があった。
◇ マツダ本社工場の社員3600人 サッカースタジアムで大規模研修 活発な議論生む企業風土作る 5/13(火)
自動車メーカー・マツダは、本社工場の従業員およそ3600人を集め、サッカースタジアムで大規模な研修を行いました。
広島市中区にあるエディオンピースウイング広島のスタンドに集まったのは、車の製造に直接携わるマツダの従業員およそ3600人です。
この研修プログラムは活発な議論が生まれる企業風土を作ろうと、およそ1年半前から行われています。
研修では大型ビジョンに討論のテーマなどが映し出され、従業員たちは目指すべき企業の姿や接客対応などについて意見を出し合い連携を深めていました。
https://www.tss-tv.co.jp/tssnews/000028773.htm
一般的に研修というと以下のような類型が思いつく。
・階層別研修:新入社員や管理職など、特定の階層に必要なスキルやマインドを習得させることを目的。
・選抜研修:将来の幹部候補など、特定の社員を選抜して育成することを目的。
いずれも、限られた人数で行なうので、こうした大規模な研修はあまり目にしない。
記事などにおれば、こうした研修は能力の習得ではなく、「企業理念の共有や組織文化の醸成」に焦点が置かれているという。
一般的には以下のような効果が期待される。
・理念やビジョンの共有:全社員が一堂に会することで、企業の方向性や価値観を共有できます。
・組織の一体感の醸成:部門を超えた交流により、組織全体の一体感が高まります。
・コミュニケーションの活性化:普段接点の少ない社員同士の交流が生まれ、社内コミュニケーションが活性化します。
いくつかの資料を確認すると、企業文化の醸成や一体感は以下のような自由で必要だと言われている。
1. 変化の激しい時代における「共通基盤の喪失」
昔は「長期雇用・年功序列・同質性の高い組織」が前提であり、自然と文化や一体感が形成されていた。現在は、ジョブ型雇用・副業容認・外部人材登用・多様性(ダイバーシティ)が進んでおり、「共通の価値観や行動規範」が自然には生まれにくい。結果として、「目に見えない結束(文化や理念)」の欠如が、連携不足・意思疎通の断絶・戦略実行の失敗などを招く。
2. 物理的に離れて働く=「場」の共有が失われた
リモートワークや拠点の分散化により、日常的な雑談や共鳴の機会が激減している。その結果、組織文化は「無意識の伝播(空気や習慣)」によって形成されるが、これが技術的に遮断されてしまっている状況が懸念される。組織文化を再設計しなければ、チームのまとまりや相互信頼は構築できない。
3. 文化なき「仕組み」だけでは人は動かない
KPI、評価制度、報酬制度だけでは「仕組み通りに動く組織」は作れても、「納得して動く組織」は作れない。価値観の共有がなければ、自律・創発・越境的な行動は生まれにくい。逆に、文化や一体感があることで「制度の不足を補う行動」が生まれやすくなる(例:助け合い、越権行為、学習への意欲)。
4. 企業文化は目に見えず、測定も難しいが影響は大きい
組織文化が良好であれば、社員のエンゲージメントや定着率、創造性が高まるという実証研究も多数確認されている。しかし、文化は数字で管理できず、変えるのも困難。だから「問題」とされる。
今後の研修の潮流として「企業理念の共有や組織文化の醸成」と言う視点も検討することは必要であろう。
■二枚舌の懸念
近年の経営理論では、経営資源の内、人が最も重要な資源であり、彼らの働き如何によって業績は影響を受けるという認識から、理念の共有を重視する動きもある。
こうした研修は、いわゆる会社に対する「ロイヤリティ向上」を目指す側面もあるが懸念もある。
2024年問題で人手不足が叫ばれる一方で、大企業によるリストラ(整理解雇とは言わないが早期退職制度などは体の良い首切りである)が頻繁に行なわれている。それは製造業だけでなくIT企業であっても例外はなくなってきている。
◇ マイクロソフト、全従業員の6000人を削減-管理職層を簡素化 2025年5月13日
米マイクロソフトは、全社で6000人の従業員を削減すると発表した。管理職の階層を減らすことに重点を置くという。
広報担当者によると、人員削減は従業員総数の3%弱に相当する。全ての地域や階層が対象で、傘下のビジネス向け交流サイト(SNS)リンクトインでも削減があるという。
「変化の激しい市場で成功を収めるため最善の体制を取れるよう、必要な組織改編を引き続き実施していく」と広報担当者は説明した。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-05-13/SW7F7YT0G1KW00
経営環境の変化の兆し、あるいは業績の不調の予兆があれば言うに及ばず、成長をかけて人員のポートフォリオの組み替えは近年盛んにおこなわれている。働く側から見れば雇用は保障されるものではなく、所属する企業へのロイヤリティも薄れてゆくように感じる。
口先では「人材の重要性」を説きながら「不要な人材の切り捨て」は二枚舌に見えるし、そうした中で「企業理念の共有や組織文化の醸成」の研修は気味が悪い。
私自身のこうした感覚は特別なことではなく、以下のような視点で批判する人もいるようだ。
① 「文化醸成」は支配のための装置ではないか?
批判者は「企業文化の強化」を、社員の思考・感情を企業論理に従わせるための心理的同調圧力とみなす。
例:ルース・ベネディクトが「文化は個人の行動を条件づける枠組み」と述べたように、組織文化は無意識の支配構造になり得る。
人員削減を行いながら「一体感」を求めるのは、「企業の都合で従業員を動かしたいだけでは?」という不信につながる。
② 雇用保障なき「帰属感」の強要
長期雇用や生活保障があった時代は、「忠誠」や「組織愛」は合理的だった。
現在は、リストラも移籍も業務委託も日常化している中で、「帰属感」だけを求めるのは一方的な精神的搾取と見なされる。
特に若年層・グローバルタレント層では「自分にとっての意味ある組織か」が主軸であり、会社の論理では動かない。
③ 「文化醸成」の手法がしばしば形式主義に陥る
社内ポスター、ミッションの暗唱、イベント研修など形式的アプローチが文化醸成と誤解されている。こうした手法はむしろ反発を呼び、「企業文化=洗脳」との批判を招く。
④ 「文化醸成」と「人員削減」は共存できるか?
社員にとっては「自分が次に切られるかもしれない」状況下で、文化や理念の共有は“非現実的”に映る。信頼なき文化醸成は「感情的疎外」を生み、離職意向を高めるだけになる(実際のエンゲージメント調査でもこの傾向は明確)。
■人事部の責任
「経営はドライに人員再編を進めるのに、社員にはウェットに「つながり」や「貢献」を求める」という「非対称性」が企業の誠実さ・一貫性の欠如」として批判される。一方で
・組織文化は変革や不確実性の時代に“人を結びとめる”最後の接着剤とも言える。
・ただしそれは「制度的保障」「誠実な情報開示」「双方向の対話」があってこそ機能する。
・成功する企業文化醸成には、まず信頼の再構築→そこから価値の共有へという段階的アプローチが必要。
と言う視点も重要であろう。
解決策はいろいろ言われており、成功した企業の事例(例えばオープンな経営や社員重視の積極的な対応をしている企業)をベンチマークとしても良い。
ちなみにChatGPTと意見交換したら以下のような指摘をされた。
有益な見方だと思うので参考にして欲しい。
Prompt」
心配しているのが、安易に経営資源の人を流動化させている企業の行く末だ。パナソニックにしても第一生命にしても、その他の早期退職制度を実施している企業は、残る社員に簡単に見捨てられるような気がしている。彼らはそれでよしとしているのか、あるいは「セカンドキャリア支援」さえすれば良いと思っているのか、よく分からない。
Answer:
企業が見落としがちな3つの論点
1. 「セカンドキャリア支援」は制度であって文化ではない
多くの企業は制度を整備することで「責任を果たした」と感じてしまう
しかし本当に必要なのは、「退職も含めて一人の人生に敬意を払う」組織の態度2. 「去り方」が残る社員に与えるメッセージ
誰かがあっさりリストラされれば、残った社員は「いずれ自分も」と思う
信頼関係が崩れると、ロイヤルティは消え、組織は“機能するだけの場”に成り下がる
人材流出は、辞めた人より「まだ辞めていない人」の中で静かに始まる。3. 「人を選び直す」経営が文化的持続性を失うリスク
短期のポートフォリオ最適化は、長期的な文化の毀損につながる
「替えのきく人間」を前提にすれば、社員の側も「替えのきく企業」と見るでは、企業はどうあるべきか?
◆ 「仕方なかった」のではなく「どう終えたか」が問われる
セカンドキャリア支援をするのは良いことです。ただし、それが退職者の人生へのリスペクトとして運用されているかどうかが重要です。
・単なる再就職支援や手当ではなく、
・「あなたが在籍していたことに意味があった」という対話や儀式を伴っているか?
・このプロセスがなければ、残った社員は「自分も使い捨てか」と感じてしまいます。◆ 「残った人」との対話と再構築こそ最大の経営課題
・「これから何を大事にしていくのか」
・「誰を、なぜ残したのか」
・「我々は何を守り、何を変えようとしているのか」
これを明確に言語化しなければ、組織の芯はすぐに空洞化します。企業は“別れ方”で評価される時代
今はSNSや転職口コミサイト(OpenWork、Glassdoorなど)で、去った社員の声が企業文化の評価軸になっています。
「どう働いたか」以上に「どう辞めたか」で企業の人間性が見られる。
これは決して情緒的な話ではなく、中長期的な人材獲得力に直結する冷静な事実です。
(ここまで)
2025/05/18