世間に転がる意味不明:無い袖が振れない中小企業の苦悩(中小企業白書に思う)

すこしながいよ。


世間に転がる意味不明:無い袖が振れない中小企業の苦悩(中小企業白書に思う)

■テーマ

成功への道筋に王道はない。
まずはあなた自身が変ること。

■はじめに

渋谷に大盛堂がまだ勢力を持っていた時代であるから数十年前から「中小企業白書」には目を通してきている。もっとも、毎年と言うこともなく、おそらくは10年に1度くらいのペースだろう。それでも、時代の趨勢を見ることができるので有益な情報だと思っている。

こんなことを思い出したのは、何かの記事で「2025年版 中小企業白書」のニュースを見たからだ。経済産業省のサイトを眺めてみた。

◇ 中小企業白書

2025年版「中小企業白書」の特色
中小企業・小規模事業者は依然として、円安・物価高の継続、「金利のある世界」の到来、構造的な人手不足といった厳しい状況に置かれています。2025年版白書では、中小企業・小規模事業者がこうした課題を乗り越え成長・発展を遂げるに当たって、経営者が、自らが置かれている状況と方向性を把握し、的確な対策を打つ力としての「経営力」が重要と位置づけ、事例を交えながら分析を行いました。

https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/index.html

私自身は、ISO9001の審査員をしており、その顧客の大部分が中小企業なので、マクロ的とはいえ彼らの置かれている状況の理解は欠かせない。

2024年問題に端を発した人手不足問題は、多くの企業で共通する課題とは言え、中小企業では募集しても応募すら来ないという状況にある。また、賃金アップにしても、大企業はリストラと併せて人件費コストを捻出すると言う技で対応できるとしても、中小企業は身を切って行なうしかなく、それも限界がある為に、ますます大企業の差が出てしまう。

また、ここに来てAIの急激な技術革新は、それに対応できる大企業と対応でき無い中小企業での体力差を際立たせることになりかねないと懸念している。

そうしたことを少し整理したい。

■DX化への取り組みの程度

すこし「白書」の内容を確認してみよう。

◇ 025年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要

1.中小企業白書・小規模企業白書の方向性

① 円安・物価高の継続や「金利のある世界」の到来による生産・投資コスト増、構造的な人手不足など、中小企業・小規模事業者が直面する状況は依然として厳しい。一方、地域経済・日本経済全体の成長の観点からも、雇用の7割を占める中小企業・小規模事業者への期待は大きい。地域コミュニティ・経済・文化・課題解決の担い手として、地域経済基盤を維持し、地域のニーズに細やかに対応する役割も期待されている。

② 激変する環境において、従来のやり方では現状維持も困難であり、自社の現状を把握して適切な対策を打つ力が必要。中小企業・小規模事業者が課題を乗り越え、成長・持続的発展を遂げるに当たって重要となる、経営者の「経営力」を中心に、事例を交えつつ分析を行った。

2.中小企業・小規模事業者の動向

③ 円安・物価高の継続や30年ぶりの金利上昇は、輸出より輸入比率が高く借入金依存度も高い中小企業・小規模事業者に、利益下押しのリスク。

▶ ④ 2024年の春季労使交渉では、約30年ぶりの賃上げ率を達成も、大企業との差は拡大。労働分配率は8割近く、更なる賃上げ余力も厳しい状況。

⑤ 殆どの業種で深刻な人手不足にあり、業績改善なき賃上げも増えており、コストカット戦略は限界。営業利益向上による賃上げ余力の創出が必要。そのため、積極的な設備投資・デジタル化と、適切な価格設定・価格転嫁の推進により、労働生産性を高めていくことが重要。

⑥ 倒産・休廃業は足下で増加。後継者不在率は減少傾向にあるが、経営者年齢は依然高い水準で推移しており、事業承継に向けた取組が必要。

3.中小企業・小規模事業者の成長・持続的発展に向けて有効な取組

⑦ 「経営力」について、3つの要素に分けて分析を行ったところ、経営者の「経営力」の向上が重要であることを確認できた。

A) 個人特性面:異業種・広域ネットワークで他の経営者と交流し、学び直しに取り組む経営者の成長意欲の高さは業績向上に寄与する。

B) 戦略策定面:経営計画策定・実行、差別化や市場環境を意識した適切な価格設定を行う戦略的経営は業績向上や賃上げ・投資を促進する。

C) 組織人材面:経営理念、業績・経営情報の共有を重視するオープンな経営は業績向上に寄与する。賃上げ、社内コミュニケーション円滑化、働き方・職場環境改善など、従業員を大切にする人材経営は従業員の確保・維持に貢献する。

▶ ⑧ 中小企業では、売上高規模ごとに「成長の壁」の打破が必要。成長の加速段階では、経営者にないスキルを持つ補完型人材確保や、経営者の職務権限分散による一人経営体制の克服が重要。売上高100億円以上では、拡大する組織を経営者と共に支える経営人材やDX人材の確保が重要。また、企業規模拡大には、積極的なM&Aやイノベーション、海外展開の推進が有効な手段。

⑨ 小規模事業者では、事業規模・商圏が限られる中、差別化による独自の強みの創出が重要。経営計画策定等を通じ、経営者のリテラシーを高め、経営の振り返りと改善のサイクルを通じた「経営の自走化」を目指すことも重要。地域の社会課題解決事業を担うビジネスの推進も重要。

https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2025/PDF/2025gaiyou.pdf

「差別化による独自の強みの創出が重要」というが、これはどのような企業であっても重要であり、中小企業だけに限った話ではない。それでも、大企業では発想できない「独自性」が求められることは、それが死活問題になるからだ。

その原動力となるのが、キーワードとしてDX、あるいはAIが挙げられる。
しかし、その状況はあまり芳しくない。

概要版(上記参照)の「現況分析1-⑧」には下記の記載がある。

①労働生産性の向上が期待できるデジタル化は、多くの中小企業・小規模事業者が取り組んでおり、足下で大きく進展。
②一方で、デジタル化に全く取り組んでいない中小企業も依然として一定数存在。中小企業では、設備投資額総額に占めるソフトウェア投資額の比率も、大企業と比較すると低い水準で推移している状況であり、デジタル化に向けた取組を着実に進めていくことが必要。

これは「図1 デジタル化の取り組み段階」では「段階1:紙や口頭による業務が中心で、デジタル化が図られていない状態」が2023年段階では30.8%であったものが2024年段階では12.5%に減っているものの、「段階4:デジタル化によるビジネスモデルの変革や競争力強化に取り組んでいる状態」、「段階3:デジタル化による業務効率化やデータ分析に取り組んでいる状態」が変っていないことから、本質的にはDX化は進んでいないことが分かる。あくまでも表面的なIT環境の整備にしか過ぎず、戦略的な展開ができていないことが分かる。

また、「図2 ソフトウエア投資比率(企業規模別)では大企業と中小企業ではおよそ倍程度の差があることが分かり、容易にDX化が進む状況ではないことが分かる。

こうした背景は、簡単に言えば経営資源(ヒト・モノ・カネ)が不足している事であろう。文字通り無い袖は振れないである。

■解決策はスタンダードを実施すること以外に王道はない

DX推進における主な課題としては以下が挙げられる。

① IT人材の不足
中小企業の多くが専任のIT担当者を持たず、他業務と兼任しているケースが多い。ある調査(https://dx.emdustrial.net/2025/04/21/154)では、中小企業の87.4%が「社内のIT担当者数が1人以下」と報告されている。

②ノウハウの欠如と情報不足
「何から手をつければ良いかわからない」といった声が多く、DXの具体的な進め方や効果が見えにくいことが障壁となっている。

③予算の制約
デジタル化を推進するための投資予算を「既に組まれている」と回答した企業は1割にも満たず、「必要だと思うが組めていない」が41.7%と、予算確保が大きな課題となっている。 (https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000063.000117855.html)

こうした問題が明確なのであれば、中小企業であろうとIT投資は必須であろうがそうはならない。これは、先の中小企業白書でも「段階2:アナログな状況からデジタルツールを利用した業務環境に移行している状態」から脱せていないことからも分かる。

中小企業におけるIT投資が進まない理由の中でも、特に大きな障壁の一つが「費用対効果の不透明さ」と言われており、下記が指摘されている。

1. 短期的な投資回収が期待されがち
中小企業はキャッシュフローに余裕がなく、短期での成果が求められがちである。
IT投資は効果が数ヶ月〜数年後に現れるケースが多く、初期投資への心理的ハードルが高い。

2. 定量的な成果の見積もりが難しい
たとえば、RPAやAIチャットボット導入による「業務効率化」は実現しても、それがどのくらい売上・利益に貢献するかを測る仕組みがないことが多い。
成果が「工数削減」や「ミス削減」「従業員満足度向上」など、間接的である場合、経営判断に使いづらいとされる。

3. ベンダー側の提案が抽象的または過大評価
特に中小企業ではITベンダーとの知識格差があり、「何が本当に必要か」「どこまで内製化可能か」が判断しにくい。結果として、効果が不確かなまま導入して失敗する例も報告されている(=”サンクコスト”への恐れ)。

そのため、下記が有効とされている。

① スモールスタート
小さな業務(例えば経費精算、勤怠管理など)で効果が明確な領域から段階的に導入し、「実績と学習」を重ねることが有効。

② KPI(評価指標)の設定
「月●時間の工数削減」や「●件の問い合わせ対応の自動化」など、効果を定量化・可視化するKPI設計が鍵。

③ 第三者支援の活用(ITコーディネータ・支援機関)
 IT導入補助金などと合わせて、客観的に効果測定をしてくれる専門家との連携が進んでいる。IPAの「SECURITY ACTION」やSMRJ(中小機構)の「IT経営簡易診断」なども活用可能。

また、経営コンサルタントのサイトを見ていると下記が記載されていることに気がつく。

プロセス           中小企業DX推進における対応
————————————————————–
① 現状把握(As-Is)      業務棚卸し・工数調査・KPI未設定の確認
② 課題抽出・仮説設定     非効率・属人化・手戻り・情報の分断
③ 改善機会の発見       ツール導入・業務標準化・自動化対象の特定
④ あるべき姿(To-Be)    設計 DX後の業務フロー、体制、役割の再設計
⑤ 実行計画と効果測定     スモールスタート、KPI設定、改善サイクルの構築

実はこうしたプロセスは特別なものではなく、きわめてオーソドックスであり、特別なリソースが必要なわけではない。

■企業文化を変えることが最初にすべきこと

最も「解決までのプロセス」がこうした王道であっても、おそらくは何も解決しない。
その最たる要因は、経営者は孤独であり、総じて一人で抱え込む傾向が強いからである。

最終的に事業を動かすのは「人」であり、DXもITも「人の変化・行動・意識」に支えられて初めて成果に結びつくものであり、技術はあくまでツールにすぎない。したがって、社員がその気になってくれるような環境作りが必要なのだが、中々そうならない。

以下のようなことが指摘される。

1.現場が動かない(納得していない/慣れていない)
「これまでのやり方でうまくいってきた」「ツールを覚えるのが面倒」といった心理的抵抗。「新しいシステムがあるけど、紙でやった方が早い」と結局旧来手法に戻る現象

2. 経営者と従業員の温度差
経営者は「効率化」「データ化」を志向しても、現場はその意義が見えていない。双方向での合意形成ができていないと、ツールだけが浮いてしまう

3. 属人的なスキルへの依存
「あの人しかできない」業務が多いと、標準化も自動化も進められない。結果として、人材が抜けると機能不全に陥る構造

問題の本質は「経営者の孤独」と「組織の沈黙」といわれ多くの中小企業では、以下のような構図が見られる。

経営者側           社員側
————————————————————–
「自分が頑張らなければ」   「どうせ経営者はわかってくれない」
「社員に負担をかけたくない」 「意見しても変わらない」
「対話より指示が早い」    「言われた通りにやるのが安全」

これにより、経営の課題や変革の方向性が「経営者の頭の中だけ」にとどまり、組織としての動きにならないという悪循環が生まれ安い。

そのための解決の鍵は共有・対話・巻き込みである。
【1】 共有:経営課題を「みんなの問題」にする
売上・利益・人手不足・IT活用などの情報を意図的に開示することで、社員の主体性が芽生える。特に「どんな未来を目指しているのか」を言語化して語ることが重要(ビジョン共有)

【2】 対話:社員の声に耳を傾け、尊重する
朝礼や1on1ミーティング、簡単なアンケートなどを通じて、意見や気づきを吸い上げる。経営者自身が「変化する姿」を見せることで、現場の心も動き出す

【3】 巻き込み:「一緒に考える」「一緒にやる」文化の醸成
小さなプロジェクト(業務改善、ITツール試験導入)などを社員主導で回してみる。成功体験を組織内で「称賛」することで、当事者意識が育つ。

結局のところ経営者のマインドセットを変えるしかない。

従来       これから
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自分が抱え込む  チームで共に考える
指示する     対話する
管理する     信頼する
成果を急ぐ    文化を育てる

どうだろう。経営者のあなた。これならできるのではないかな。
DX云々の前にあなた自身を変えよう。

2025/05/19