戦略人事:働き方の多様性への備え(だれもDXの高度化からは逃げられない)
■働く環境の変化について行けない企業
昨年の記事ではあるが、働き方に関して興味を持った記事があった。
「働き方の多様性」に焦点を当てた調査に関する記事だ。
○労働環境整備の“偏差値”を測定 テレワーク協会
2024.09.11
アンケートでは、多様な働き方ができる制度の導入やリスキリングの支援、従業員の健康確保対策の状況などを尋ねる。同協会のホームページ内に回答フォームを設け、意欲のある企業に入力してもらう方法で実施する。9月末まで回答を受け付け、来年3月に結果を返却する。
https://www.rodo.co.jp/news/182308/
具体的に、どれが該当する調査結果なのかを確認できなかったが、テレワーク協会のホームページで、「働きがい・働きやすさ増進への取り組み調査委員会」がレポートを出していることを知った。
○人への投資で業績向上~働きがい・働きやすさ増進への取り組み調査調査結果レポート~2025年2月
https://japan-telework.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2025/02/hatarakigai_report.pdf
詳細は、上記にレポートを見てもらうと分かるが、概ね下記の様に整理されている。
○ 「働きがい・働きやすさ増進への取り組み調査委員会」が アンケート調査結果を発表
2025.02.12
✔ 業績が「上がっている」企業は、「下がっている」企業に比べ、いずれの取り組みも進んでいる(平均点が2ポイント程度高い)。
✔ 人事担当は経営層より自社の取り組みを高く評価している。
✔ 係長以下一般社員は自社の取り組みを低く評価している。
✔ 東京都に本社がある組織は、全項目で東京都以外に本社のある組織より取り組みが進んでいる。
✔ 業種では「通信・情報通信」は総じて取り組みが進んでおり、「公務・公共」は総じて進んでいない。
✔ 最も取り組みが進んでいる項目は「ペーパーレス化・デジタル化」であり、「サテライトオフィスの利用」、「テレワークとオフィスワークの戦略的組み合わせ」は進んでいない。
✔ テレワーク関連の取り組みは、デジタル化の取り組みとの相関はあるが、人材確保や健康経営などを含め、ICT以外の「働きがい働きやすさ」への取り組みとの相関は弱い。
https://japan-telework.or.jp/news/newsrelease_20250212/
最初の「業績が「上がっている」企業は、「下がっている」企業に比べ、いずれの取り組みも進んでいる」というのは、若干ご都合主義ではあるものの、情報通信技術への対応を戦略的に行なっている企業が競争力を向上させるであろう事は想像に難くない。
ロボティクス・自動化が生産性向上につながることは自明のことであり、製造業や土木建築業であっても、機械の高度化・自動化は企業格差を生み出す。特に製造業などは人手不足もあり、「自動化」は急務として取り組んでいる。
ホワイトカラーの仕事も同様であり、コロナ下でのテレワークの推進は、コミュニケーションツールの高度化をもたらした。
一方で、企業はマネジメントの難しさから出社を求める傾向が強くなり、「サテライトオフィスの利用」などはそれほど話題にならない。
「テレワーク関連の取り組みは、デジタル化の取り組みとの相関はあるが、人材確保や健康経営などを含め、ICT以外の「働きがい働きやすさ」への取り組みとの相関は弱い。」は確かにその通りであり、それは
・業務改善などの部分的な改善にとどまり、刹那的である。
・施策が対処療法的なものとし、組織全体の体力の向上にはつながらない
・戦略の欠落は、施策の目的を見失わせトップと下位階層の意識差を生み出す
・従ってDXと言った施策が業績向上につながらないことが多い
と言ったコンテクストが生み出される。
本来は、働き方の多様性を担保することで社員のモチベーションを上げるべきであるが、これについて行けない企業が大多数であることが分かる。
■働き方の多様性に責任を持たない企業
現在、2025年7月であり、すでに半年を過ぎている。最近では、リストラの記事はあまり見かけないが、それでも、ちょっとした経済上のリスクが発生すると、直ちに雇用調整に進む企業が多いと感じる。
○P&G、今後2年間で7000人削減へ 関税の不透明感受けコスト抑制
2025年6月5日
米日用品大手プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)(PG.N), opens new tabは5日、今後2年間で全従業員の約6%に当たる7000人を削減すると発表した。関税の不透明感を受けてコスト抑制を図る。
https://jp.reuters.com/markets/global-markets/N4RXJXG2IBP2HPFJNJ52HEDSQU-2025-06-05/
問題なのは、こうした事業推進のための環境が変るときに、自社の働き方の多様性を強化するのではなく、あるいはDX推進をするのではなく、適用できない人員をそのままリストラすることである。そのターゲットが、50歳代以上の中高年になる。
仕事の進め方の改革をしなければ、それに追いつけない人員は余剰人員となる。
下記の記事は当然であろう。
○企業4割、50〜60代に「人材過剰感」 処遇見直しで意欲低下の悪循環
2025年7月1日
年齢で処遇を一律に見直したり、職責を軽減したりして「半・現役」扱いすることで、50〜60代社員の意欲や生産性を低下させ、さらなる過剰感を招く悪循環が明らかになった。
パーソル総研の藤井薫上席主任研究員は「人材不足のなか、正社員の4割を占める50〜60代の職責を軽減して『半・現役』扱いすることは看過できない」と指摘する。そのうえで「能力や経験は60歳を境に失われるものではない。基幹戦力として適所適材への配置や職務・役割に応じた処遇で納得感を高める必要がある」と述べる。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC012Q90R00C25A7000000/
人的資源をコストとしてしか観ない企業が多いコトは、個人的には非難したいが理解できないわけではない。
それでも中高年の置かれている再雇用に関する事情を勘案すべきであろう。
昨年来、50代・60代の社員がリストラの対象となるケースが相次いでいるというご認識は、まさに現在の労働市場が直面している課題の一つです。企業の「余剰人員」という判断の背景には、人件費削減や事業再編、DX推進などによる組織のスリム化といった要因があります。
彼らの再就職事情は複雑で、一概には言えませんが、傾向として以下の点が挙げられます。
一般的には再就職の状況とハードルとして
①求人倍率は改善傾向も、依然厳しい側面:
全体的な有効求人倍率は、特に人手不足の業界では改善傾向にある。しかし、50代後半〜60代前半の層になると、若い世代に比べて求人数が限られ、競争が厳しくなる傾向は依然として存在する。
②非正規雇用の選択肢:
厚生労働省の調査によると、50代の男性のおよそ20%、女性のおよそ60%がパートタイム労働者として再就職しているというデータがある。正社員としての再就職が難しい場合、雇用形態を問わず働くことを選択せざるを得ないケースも少なくなく、正社員への道がたたれることが現実である。
③長期化する転職活動:
50代以降の転職活動は、若年層に比べて長期化する傾向があり、精神的な負担も大きくなりがちである。
が現実であろう。
■見捨てられる人々が持つべき覚悟
50代・60代のリストラは、企業の経営判断によるものだろうが、当事者にとっては生活、キャリア、精神面に大きな影響を与える。彼らにどう支援をするかをおざなりにする企業の姿を見ていれば、若手の層は、そうならないために、スキルを磨く、キャリアを磨くなどの自衛に走るであろう。
これは、いずれ「自分は会社から見捨てられる」という前提で社会人生活を送ることになる。すでに、その徴候は出ている。内定辞退率の増加や、1年にも満たない期間での早期退職率の増加。技術者の労働市場の活性化は、社員から会社がリストラされていると言う視点で考える必要がある。
そうした中で「デジタル社会」への対応力を上げるという戦略的思考が重要である。
中高年であっても新たな働き方とスキルの需要として、下記を戦略に反映させるべきである。
①テレワークによる就業機会の拡大:
テレワークが普及したことで、地理的な制約が少なくなり、地方に住む人が都市部の企業の仕事に就いたり、育児や介護と仕事を両立しやすくなったりする。これは、体力的な負担が軽減される50代以降の層にとって、選択肢を広げる可能性がある。
②オンライン学習機会の増加:
デジタルスキルの習得が必須となる一方で、オンライン講座(MOOCsなど)やリスキリングプログラムが充実しており、自宅からでも新たなスキルを学ぶ機会がある。意欲があれば、50代以降でもデジタルスキルを習得し、再就職に繋げることが可能。
③経験とデジタルの融合の価値:
デジタルツールを使いこなせるベテラン人材は、豊富な実務経験とITスキルを兼ね備えた貴重な存在となり得る。若手にはない業界知識やマネジメント経験に、デジタルリテラシーが加わることで、新たな価値を生み出すことができる。例えば、DX推進をリードできる人材や、経験に基づいたデータ分析ができる人材は需要が高い。
④ギグワークやフリーランスの増加:
クラウドソーシングなどのプラットフォームの発展により、企業に属さず、専門スキルを活かしてプロジェクト単位で働くギグワーカーやフリーランスとして活躍する道もある。これは、従来の組織に縛られない柔軟な働き方を求める50代以降の方にとって魅力的な選択肢となりる。
こうした意識も必要であろう。
■人事部の戦略・サービス業への転身
働き方の多様性に企業が向き合うという戦略を採用したときに、人事部はどのような立ち位置であるべきなのか。
人事部が従来のオペレーション(採用・教育・配置・評価など)や法令への対応(ハラスメント、ストレスチェックなど)にリソースを消費する時代は終わりを告げていると考えている。
人事部自体が、企業の一部所という考え方を改めて、価値を生み出す活動にシフトしなければならない。そこでは、自分たち(人事部)が何を強みとするかを発見しなければならない。
例えば、VRIO分析を用いて、戦略を立てることも必要になる。
※参考:VRIO分析
(1)Value(価値)
自社の経営資源が、外部環境-機会を利用したり、外部環境-脅威を軽減したりするなどして、経済的価値を生むことができるかどうか。
(2)Rarity(希少性)
自社の経営資源が、希少となるかどうか。他社では同様の経営資源を有しておらず、供給不足の状態が続くかどうか。
(3)Imitability(模倣可能性)
自社の経営資源が、他社では多くのコストを費やさないと模倣できないかどうか。例えば、商習慣に基づくものや、特許などがあることによって、コストが上昇するとされる。
(4)Organization(組織)
自社の経営資源を十分に活用できるよう、持続的に組織化されているかどうか。
https://www.murc.jp/library/terms/ha/vrio/
上記は見方の一つであり、正解があるわけではない。しかし、これまでと同じように、会社の1部門として、業務命令だけをこなす組織的な対応では、組織知の向上にも寄与しない、単なる執行部門となる。すでにデジタル社会になっている現在では、その存在意義はない。戦略的に人事機能を高度化する必要がある。
しかし、漠然と「戦略人事」を考えることは議論を抽象化させてしまう恐れもある。ここでは、一つの方向性を議論する。
【1】サービス業
人事部門を独立した「サービス業」して捉え、利害関係者への価値提供の組織と捉え直す。
【2】利害関係者
利害関係者を下記の様に捉え直す。
・組織
所属する組織の経営者になる。当然彼らの要望は、人定資源の安定化、組織知の維持向上になる。教育による組織能力向上も期待される。
・社員
社員の状態管理、働きやすさの向上、これに伴う生産性の向上であろう。
社員の離脱(離職)防止も必要になる。
・市場の流動人材
組織の戦略執行に当たって不足する人員の調達を行なう。これについては、単に応募者を管理すると言うことではなく積極的にアプローチしてゆく姿勢も求められる。
・社会
労働法は毎年改定される。昨年度からでも、熱中症対策、ストレスチェック、下請け法、フリーランス新法などが挙げられる。こうした法令遵守への監視機能も求められる。
【3】デジタル化への対応
IT投資のポートフォリオの中での最適化を目指す必要がある。それは、個々の業務改善ではなく、情報の共有化の促進、データ活用の最適化、コミュニケーション支援、セカンドキャリア支援などの全体を包含するグランドデザインの基に活動しなければならない。
こうした事は、従来の人事部門を局所的に観る発想では対応でき無い。当然、経営部門への関与(CHROの設置)やIT責任者(CITO)との連携が必要になる。
○「人事部に不満」9割、課題は評価制度 日経ビジネス調べ
2024年10月18日
寺岡さんは「人事部も本当は未来を見据えた前向きな人事施策をやりたいと思っている」と話す。しかし、実際は従業員の不正やハラスメントの対応に追われる日々。昔のようにハラスメントの当事者を違う部署に飛ばせばいい、といった単純な対応は許されない。細かくヒアリングして原因を究明し、対処法を探り、再発防止策を策定したうえで社内に徹底周知。一連の仕事を怠れば、「ガバナンスはどうなっているんだ」と人事部にクレームが来る──。
「人事部はこれまで『組織を守ること』を重視してきた。でも人的資本経営をするなら『組織を壊すこと』もちゅうちょしていられない。私のような従来の人事担当は仕組みの改善はできても、抜本的な見直しはできないのではないか」「自分の25年間は何だったのか、これから何ができるのか」──。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC161ZQ0W4A011C2000000/
下請け部門という意識でいるなら人事部に未来はない。
2025/07/04