ISO9001と経営:ブランド化への責務(規格要求事項を体系としてみること)


ISO9001と経営:ブランド化への責務(規格要求事項を体系としてみること)

注意:この文書の最後はISO9000:2015についての記述になる。自分自身への備忘録として。

■ 再生とブランド化

日本の中小企業は売上の伸び悩みや後継者問題で、廃業の道を選ぶことが少なくないと聞く。特に伝統的な地場産業などは、安い中国産での市場のシェアの低下や生活スタイルの変化により市場そのものが小さくなり苦境に立たされているのだと思う。

特に、大量生産が効かない手仕事で生産される製品は労力の割りに低価格でいれば産業としては縮小せざるを得ない。

そうした中で、なるほどと感心した番組を見た。

○手仕事がすごい!麦わら帽子工場 ファッションと機能性で復活
2025年7月12日

漫才コンビ・中川家と、すっちーが魅力あふれるモノづくりの現場へ。舞台は岡山・笠岡市にある麦わら帽子工場。極細の麦わらを見事に縫い上げる繊細な手仕事を紹介する。

https://www.nhk.jp/p/ts/Y5G7RL6WX3/episode/te/PGQRGX89J2/

おそらくは、こちらの記事の会社のことであろう。

○じりじり、出番待つ 麦わら帽子、生産最盛期 岡山・笠岡
https://www.asahi.com/articles/DA3S15983300.html

印象的であったのが、かつての大量消費の時代には、一つ200円程度の製品であったものの活を見直し、「安い」という価値観からの脱却であろうか。手仕事である事やデザイン性の高さなをを武器に、一アイテムで数万円のものもある。製造が追いつかないと言うことである。

もちろん、かつては数千件の同業者がいたのが今では十数件という市場の縮小は挽回できないことや数百人も雇うような大規模工場にはできないものの、事業としては再生できていると評価できる。

■ 問い直しのプロセス

教科書的には、「ブランド」の再構築であり、「意味の上塗り」ではなく、「意味の掘り直し」である。すなわち単に見た目やメッセージを整えるだけでなく、事業の核(=存在意義・誰のために・なぜ)を問い直す営みの繰り返しにより実現される。

もっとも、こうすれば必ず旨く行くという答えはないので、試行錯誤を繰り返すしかないし、旨く行くとは何も保証してくれない。

とはいえ、標準的なプロセスはある。下記の手順は正解ではないが参考にして欲しい。

①【観察と傾聴】現場と顧客のリアルを掘る
・現在の顧客は誰か?何を求めているか?
・商品やサービスはどう受け取られているか?(インタビュー/エスノグラフィ/レビュー分析)
・現場や職人は何を大切にしているか?どこに誇りを持っているか?

表面的な特徴ではなく、「実際に価値があると認識されている要素」を発見すること。ここを飛ばすと「ズレた意味づけ」になりやすい。

②【意味の棚卸し】「これまで何を大切にしてきたか」を言語化
・創業時の理念・社訓・職人の流儀などの棚卸し
・継承されてきた工程や態度の中に、暗黙の価値があるか?
・過去の成功体験と、逆に変化に失敗した場面

組織・事業の「らしさ」の核を抽出すること。これは「変えないもの」「守るもの」の発見にあたる。

③【時代と価値観の変化の把握】
・顧客層のライフスタイルや価値観の変化を捉える
・今、何が「響く」のか?(例:サステナブル/パーソナライズ/体験価値など)
・競合や異業種の事例も含めたトレンド分析

ブランドの“再定義”が、今の社会的文脈に合っているかを検討すること。

④【ブランドの核の再定義】(ブランド・エッセンス/ブランドステートメントの作成)
・「誰のために」「なぜこの商品・事業があるのか」を言語化
・“機能”ではなく“意味”で語れるブランド文脈を設計
・ブランドピラミッドやゴールデン・サークル(Simon Sinek)などのツールを活用

単なる見せ方ではなく、「組織の内外に通用する言語化」を行うこと。

⑤【具現化:ビジュアル・体験・商品への落とし込み】
・ロゴ、パッケージ、ストア設計、Webなどのビジュアル統一
・商品設計や販売方法(例:体験型、物語設計、顧客参加型)をブランドコンセプトに一致させる
・新旧顧客にとっての“わかりやすい接点”の設計

ブランドを「語る」のではなく、「体験としてわかる」ようにすること。

⑥【浸透と実装:社内・現場への落とし込み】
・従業員教育/マニュアル整備/現場の意味共有
・社内イベントや語り場づくりによる文化への定着
・意思決定の指針にブランド観を反映(例:採用・サービス判断など)

「ブランド=広告部門」ではなく、現場全体の振る舞いと一体化させること。

⑦【継続的観察とフィードバック】
・ブランドの効果検証(顧客満足/再購入率/SNS反応)
・社外パートナーやユーザーとの対話の継続
・必要に応じて微修正(=進化し続けるブランド)

「一度きりの改革」ではなく、進化するブランド運用へ展開すること。

■ 類似の取り組み

ブランドを再発見して再生した例としては下記が上げられる。

①無添加石けん
○ 「社員15人の石けん工場」が100億円企業に…後継ぎの30歳元商社マンが「下請け卒業」のため最初にやったこと

1908年雑貨商として創業。終戦直後から伝統的な釜焚き製法で固形石けんを作り始めた。100時間もかけて丁寧に作るにもかかわらず、1個数円の工賃で下請けしていた4代目の父親。その背中を見て育った松山は、当初石けん作りに関心が持てず、5代目を継ぐという選択肢はなかった、と話す。

この石けんが、大量生産ではできないモノづくりの技が詰まった逸品と知ったのは、1994年に松山油脂に入社してからだった。

成分の98%が不純物のない石けん素地(純石けん)。残り1.2~1.7%は天然の潤い成分のグリセリンだ。ゆっくりと100時間かけて釜焚きするからこそ、肌に潤いが残り、つっぱらずに顔も洗える石けんが生まれる。肌の弱い人も、赤ちゃんも、お年寄りも使える石けんを父親が作っていた。

この釜焚き製法で石けんを製造する会社は、国内で4、5カ所と先細りしていた。この状況を逆手に取って、他にはない唯一の石けんとしての価値を見出した松山は、一大変革を起こす行動に出る。

入社翌年の1995年、初めての自社ブランド「Mマークシリーズ」を打ち出し、「無添加せっけん」とネーミングして発売したのだ。山に見立てたMの絵にmatsuyamaの文字のロゴでおなじみの商品は、ロングセラーとして根強い人気を得ている。

https://president.jp/articles/-/98089

②南部鉄器の海外進出津
○カラフルな南部鉄器で世界的人気の盛岡「岩鋳」:“革新的な伝統工芸品”で活路、鉄器館も好評
2020.12.27

岩手県盛岡が誇る伝統工芸品「南部鉄器」。市内の製造業者「岩鋳(いわちゅう)」は、黒い鉄瓶に代表される昔ながらの製品のほか、独自の技術で着色したカラフルな急須や小物も生産し、欧米や中国への海外進出を成功させている。

開発当初は国内市場が好調だったため、海外への進出にさほど積極的ではなかったというが、1991(平成3)年にバブルが崩壊。伝統産業は軒並み窮地に追い込まれる中、岩鋳は95年頃からカラフルな南部鉄器を引っ提げて海外展開を本格化。欧米の小売店で「IWACHUが欲しい」といえば、南部鉄器のティーポットが出てくるまでに浸透させた。

https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/gu900172/

あらたな市場開拓になるだろう。とはいえ、これをそのまま真似をしても旨く行くとは限らない。
試行錯誤アプローチを重視すべきである。
・ブランド化は設計と実践のハイブリッドである
・特に初期は「行動することで意味が見えてくる」構造を持つ
・成功のカギは、「試してみた経験から何を学ぶか」にある
よって、“戦略の前の戦略”として試行錯誤は必須とも言える。

■ 経営者の責務

こうした“戦略の前の戦略”を実践できるのは、結局は経営者しかいない。
そこには、経営のダイナミズムの実践であり、全体を俯瞰してマネジメントをする能力が要求される。

この文書の主たる読み手としてはISO9000:2015を自社にテーラリングしようとしている人を対象としている。ISO9000:2015は個々の規格要求事項を単独で見るものではなく縦糸・横糸のように全体を見る必要がある。

ブランドの再構築などと言う視点での規格要求事項はないが、イノベーションや価値の再構築・ブランド再定義に資する要素は確実に内在していると考え、下記を再度見直しをして欲しい。。

4.1 組織及びその状況の理解
「組織の目的及び戦略的な方向性に関連する、外部及び内部の課題を明確にしなければならない」

視点:
社会的変化、顧客価値の変容、市場構造の変化(脱コモディティ化など)を「外部課題」として位置づけることが可能。ブランド価値・意味の掘り直しは、戦略的方向性に深く関わる。QMSの目的を「品質の安定」から「意味の再構築」へ拡張する視点がある。

4.2 利害関係者のニーズ及び期待の理解
「組織が品質マネジメントシステムを効果的に機能させるために、関連する利害関係者の要求事項を明確にすること」

視点:
顧客だけでなく、「次世代顧客」「地域社会」「社員」「流通業者」なども含めて捉えることで、ブランドや価値の再構築を図ることが可能。
例:若者の価値観変化/健康志向/サステナビリティ志向

5.1 リーダーシップ及びコミットメント(特に 5.1.1)
「トップマネジメントは品質マネジメントシステムに対するリーダーシップ及びコミットメントを示さなければならない」

視点:
トップの「戦略的価値観の刷新」や「顧客との関係性の再定義」を含めた価値提案への責任を、ブランド再構築として明示可能。ブランド化にはトップの意志と姿勢が不可欠。

6.1 リスク及び機会への取り組み
「品質マネジメントシステムが、望ましい結果を達成する能力に影響を与える可能性のあるリスク及び機会を決定しなければならない」

視点:
「既存の価値が通用しなくなるリスク」や「ブランド再定義によって得られる機会」を明確にできる。実は、イノベーション=機会対応策の一つと捉えれば、戦略的文脈に触れることも可能。

7.1.6 組織の知識
「運用に必要な知識、そして組織が変化に適応するための知識を明確にし、維持し、入手可能にすること」

視点:
「市場ニーズの変化」「顧客感性」「デザイン知識」なども立派な「組織知識」。
組織の中に眠っていた価値(例:職人の技術・伝統製法)を“ブランド資源”として認識・活用できる。

8.2 製品及びサービスに関する要求事項の明確化
「顧客要求事項をレビューすること」

視点:
顧客が求めているのは「物の性能」だけではなく、「体験」や「共感」である場合、そこもレビュー対象とすべき。
例:安全性、ストーリー性、サステナビリティ

9.3 マネジメントレビュー
「品質マネジメントシステムの適切性、妥当性、及び有効性の継続を確実にするために実施すること」

視点:
顧客満足・苦情だけでなく、“顧客との関係性”の質や価値の伝わり方もレビューすべき指標になる。「意味が伝わっていない」こともQMSの“効果が薄い”と見ることができる。

ただし、それぞれの用語を従前のママでとどめておくことは、こうした新たな意味の拡張ができなくなる恐れもあるので注意が必要である。

観点  通常の理解 拡張解釈(ブランド再定義に活かす)
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リスク  製品不良・納期遅れ 市場価値の陳腐化、ブランドの空洞化
顧客満足 製品仕様の合致 心的満足(期待との一致・感動体験)
改善  小さなミスの是正 顧客との接点・ブランド文脈の進化

■終わりに

ISO9000:2015は、ダイナミズムはなく、また過去・現在の流れの中でしかものを見ていないといえる。しかし、企業が生き残るためには、急激に変わりゆく世界の中で自分は何者なのかを常に問い続けることが必要になる。

今回最初に取り上げた麦わら帽子の企業事例などは、変ることを決心した経営者の強い意志と不断の努力を垣間見ることができる。

それは、表面的なことではなく体系的なフレームワークも必要となるだろう。
参考になってくれるとありがたい。

また、この文書自体は私自身の備忘録にもなっている。

2025/07/17