本棚を歩く:「デジタルの未来」
ユルゲン・メフェルト/野中賢治 他 2018年
自分が持っている書籍に関する書評です。
個人の感想です。
■表題や帯は誤解を招く
未来への処方箋ではない。今起きていることのコンサルタントからの視点になる。
この本を手に取ったのはまだ、DXという言葉が生まれたばかりだったと記憶している。世界では、この状況をどのように見ているのかを知りたくて購入した。1度ではよく分からなかったので、先日改めて読み直してみた。
●新しいビジネスモデルでは、企業の根幹部分も変える必要がある。どのように開発、製造、購買、メンテナンスなどを行なうのか(オペレーショナルプロセス)、どのように顧客や消費者にアプローチし、商品・サービス・付加価値を提供していくのか(コマーシャルプロセス)、それを支える業務部門はどうあるべきか(バックオフィスプロセス)といったすべてを再構築しなければならない。
日本語版への助言に、こう書き出される本書は、帯に
「世界一のコンサル マッキンゼーが全社規模の変革を解説」
「オールド企業が生き残るにはデジタル企業に生まれ変わるしかない」
と多少扇情的に記載されている事から、「未来への処方箋」が描かれると期待してしまう。
ただ、残念ながら「2018年当時」に起きていることを整理しただけの本である。
過度に期待しない方が良い。
■デジタル化をしないで良い企業は無い
そもそも、企業活動において、「デジタルに関わること」を無視することはできない。もちろん、企業にとって優先すべき価値観は異なるのであるから、どのように関わるかは企業が決定するべきである。
そのデジタル化の範疇は
①(主にコミュニケーションを中心とした)インフラとしてのDX化
②(生産性向上あるいは業務改善を目的とした)バリューチェーンの個別のDX化
③(顧客接点の拡大、特にECを中心とした)顧客価値創造のためのDX化
であろう。
どこにフォーカスするかは企業の置かれている状況で異なる。
その状況は企業によって異なるだろう。
従って、デジタル化の程度は、その企業が置かれている状況で戦略決定をせざるを得ず、当然正解もない。では、何にそのよりどころを持って行けば良いのだろう。
■事例の提示の意味を考えること
それは、ベンチマークや業界動向を示すことではない。
●デジタル化は事業の最前線にも達している。エレベーター大手、シンドラーの場合、現場のサービスに従事する従業員が、全従業員の半数以上を占める。業務としては現場作業が大半で、専門知識も欠かせない。以前は現場に行く前に得られる情報が限られていたので、あらかじめ道具や部品を整えることができず、問題解決には相当の時間がかかった。部品を再注文すれば余分な出費がかさみ、現場に再度出直すことになる。シンドラーは個々に自動診断と予知分析を取り入れ、問題を先取りして部品を注文すると言う方法でプロセス全体を簡素化した。スタッフにはiPhoneとサポート用アプリを携帯させて現場でも作業の単純化を図った。その結果サービスの効率は格段に向上し、顧客と従業員の満足度も向上した。
こうした事例で「デジタル化」の有意性を示が、しかし、こうした事例は後付であり、提案にもなっていない。なぜなら、IoTのようなことは皆すでにやっており、上記の様なことは「コマツ」などもかなり以前から実施している。
デジタル化に失敗/成功した事例として、電子書籍、コダックやネットフィリックス、ノードストロームなどをあげている。
業界ごとの指針も、自動車、小売業、金融業、ヘルスケア、スマートホーム、エネルギー業界、通信、物流、行政など多岐にわたり、テーマもサプライチェーンや人材マネジメントなどにも触れており、有益ではある。
このような事例は参考になるが、企業にはそれぞれ固有のビジネスプロセスがある。自社のビジネスモデルの設計ができなければDXなど実現できるわけもない。
■キーマンは経営者自身
幾ばくかの企業の現場での観察をしていると、こうしたアーキテクトの設計にはシステム思考を持った専門家が必要になる。漫然と日常業務を担う人材にできるわけもない。
有能なマネージャーが必要であり、下記に答えることが求められる。
1.ライバルたちは新しい技術で私たちのビジネスモデルを攻撃しているか
2.私たちはデジタル技術の可能性を活用して改革しているか
3.従来の業界の境目で新しい収益プールは生まれているか
4.カスタマー・エキスペリエンスを根本から改善するためのデジタル化を十分に活用できているか
5.新しい製品を迅速かつ急進的に開発してライバルに先んじているか
6.デジタル化とアドバンスト・アナリティクスを十分に活用して最大限の効率化を進めているか
7.最新の技術とITを活用しているか
8.機敏でフラットな組織で起業家精神を育んでいるか
9.新たな人材を引きつける企業であるか。的確な相手とパートナーシップを築いているか
P88 「マネジメントのための重要な問い」から
しかし、これらは「企業文化」の違いにより答えが変ってくる。
B2Bの会社とB2Cの会社ではそもそもの戦略は異なるであろうし、消費財を扱う企業と耐久財を扱う企業ではビジネスプロセスも違う。
こうした事を理解し、方向性を決めるのは経営者である。
●CEOにしかできないことがある。デジタル化の必要性を従業員に説明し、その範囲と指針を定め、社内に横たわる感性を打ち破るのはCEOだからこそ。そこを経てようやくデジタル化の未来に向かって歩み出せる
当然経営者の自覚が必要であり、ふさわしい人材の調達、権限と責任の分配なども経営者の責務である。「DX」と叫べば解決するわけではない。
■書評
デジタル化の速度は、日進月歩どこではなく、想像を越えるような速さであり、デジタル化に対応することを求めている。それでも多くの企業はDXが思う成果を出せずに悩んでいると思われる。
よく云われるのが
①効率的な組織ほど、実行すべき変革のスピードを遅らせがちである
②皮肉なことに、有能で実績のあるマネージャーほどプロジェクトの前に立ちはだかる
③機能的な縦割り体制で染みついた考え方と仕事のスタイルも、デジタル・トランスフォーメーションをはばむ
である。
しかし、「ではどうする」に正解はなく、いろいろな事が言われても「お前、ここに来て、やってみろ」(OKY)と言われれば、二の句は告げない。
この本には大切なことは多く書かれているが、処方箋にはならない。
「健康のためには日々の節制が大切です」といわれても、「そうですか」としか答えられないのと一緒だ。
個人の感想だが、「残念な本」である。
2025/08/11