戦略人事:複線化した人事制度の薦め(公平性・納得性の放棄)
■人員削減の潮流
日経ビジネスで「黒字リストラの時代」という記事のシリーズが掲載されている。
書き出しは、
日本企業で人員削減の動きが再び活発化している。ただ今回のリストラはこれまでのものとは違う。決して危機ではない平時の人員削減が、リストラ常態化時代の幕開けを告げる。黒字下での改革や高齢化、業務のデジタル化の波が、雇用再考を企業に迫る。さらに人工知能(AI)の進化という大きなうねりも働く現場に押し寄せつつある。この潮流から、企業も働き手も目を背けることはできない。
ではじまる。
経営不振に伴い早期退職という形でリストラされると言うことはすでに10年以上前からあり、驚くような話ではない。ターゲットとなるのは「高給取り」と呼ばれる管理職が真っ先である。これに加え、VUCAと言われる時代への対応で事業の再編や新規ビジネスへの展開で毀損社員では対応でき無いと言うことで40歳以上が容赦なく早期退職のターゲットとなっている。
これに加え、製造現場では労働者ではなくロボットが必要であると言う言葉通りに、単純労働は、これも人員削減の対象となっている。
○米アマゾン、倉庫作業60万人分の雇用をロボットで代替か–報道
2025年10月22日
報道によれば、この取り組みは大規模な人員削減を直接意味するものではないものの、将来的には「新たな人員を採用せず、ロボットで対応する」形で労働力を置き換える可能性がある。試算では、2033年までに最大60万人分の雇用がロボットに代替される可能性があるとしている。
年功序列、護送船団よろしく「終身雇用」などといった気楽な働き方はできなくなっているのが実情だろう。
■新しい複線化の人事制度
社内での人材の流動化、すなわち人材ポートフォリオの可変性は、従来の「大卒一括採用」により「年齢とともに会社の仕事の進め方を覚える」という全体での人事制度の存在を許さなくなるだろう。そこには新しい枠組みが必要になる。わたしは、それを「ABC複線化人事制度」と呼んでいる。
こで言う複線化は、事務職・技術職と言ったわけ方ではなく、
A型人材 「役務提供で熟練度は必要ない業務」に携わる人々
B型人材 「役務提供ではあるが熟練度が必要な業務」に携わる人々
C型人材 「企業戦略に関わる高付加価値業務」に携わる人々
と言う分け方に対応した人事制度である。例えば報酬のあり方も異なり
(A層)は時間給、(B層)は年齢給・勤続給。役職給で構成され、(C層)はいわゆる、目標と達成に基づく個別給と言ったイメージである。
その特徴は下記の通りである。
A層
・熟練不要の役務提供
・時間給(契約ベース)
・「契約=報酬と成果(時間・タスク)を期首合意」
B層
・熟練を要する役務提供
・年齢給+勤続給+役割給
・技術熟成・組織貢献を評価。評価制度は簡素。
C層
・戦略・価値創造に関わる
・成果・目標ベースの個別給
・経営目標との整合、個別のKPI設計が前提。
この構想は、単なる「職種別」や「ジョブ型」ではなく、“価値創造の性格”で人材区分をする点にある。の発想は、最近の海外の人材マネジメント理論──とくに 「Workforce Segmentation」(労働力セグメンテーション)や 「Total Workforce Strategy」(正社員・契約社員・ギグワーカーを包括的に扱う戦略)にヒントをもらい発送している。欧米では、IBMやUnileverなどがこの考え方を部分的に採り入れていると聞く。
すでに、この三層的構造がすでに現実化しつつある。
A層 アルバイト・派遣・ギグワーク(時間給・契約単位)
B層 熟練技能職・製造職・間接職(評価より安定志向)
C層 企画・研究・事業推進など(成果・目標連動)
残念なことにまだ制度設計のノウハウが確立されていないために、人事部門の対応が遅れている。しかし、もう待ったなしなのではないかと感じている。
■足下のリストラに関する報道の確認
《躊躇のないリストラ》
業績が少しでも思うとおりに行かない懸念があれば、躊躇無くリストラに走る傾向が強くなった。
○ネスレ、1万6千人を削減へ 全従業員の6%、業績低迷でリストラ策
2025年10月16日
スイスの食品大手ネスレは16日、今後2年間かけて全従業員の約6%に相当する1万6千人を削減すると発表した。物価高の影響などで消費者の節約志向が高まるなか、業績が低迷しており、人件費の削減によって収益改善をはかる。雇用を減らすのは事務系の約1万2千人に加え、製造現場やサプライチェーン(供給網)の生産性を高める取り組みの一環として約4千人が対象になるとしている。人員削減などで2027年末までに30億スイスフラン(5700億円)のコスト減をめざす。
《事業再編に伴う現有戦力の切り捨て》
VUCAの時代は常に事業再編の可能性に目を向け、素早い行動が求められる。その時に、本音としては「リスキル」などというのんびりした戦略はとれないだろう。明日の事業展開に必要ない人材と必要な人材の取捨選択が起きる。最近の黒字リストラもその潮流だろう。
○三菱電機、最高益も53歳以上1万人に早期退職募集で黒字リストラ時代の到来か
2025.09.29
日本では長年「大企業に勤めていれば一生安泰」という信念が根強かった。しかし少子高齢化や技術革新、グローバル競争の激化が進むなか、その神話は急速に崩れつつある。業績が好調な企業ですら、人員の若返りや構造改革のために黒字リストラを打ち出す時代が到来した。2025年9月、三菱電機が最高益を見込む中で53歳以上の社員を対象に早期退職を募集すると発表したのは、その象徴的な事例である。狙いは事業改革と人員若返り機器販売から脱却し、FAシステムや自動車部品など約8,000億円規模の事業を見直す方針。高齢化した人員構成を改め、若手比率を高めることで中長期的な成長を目指す。募集人数を定めないのは「目標ありきでは納得感が得られない」という判断。黒字リストラという新常態かつては業績不振の象徴だった早期退職募集が、今では好業績企業にも広がる。パナソニックHDなども黒字でありながら構造改革とコスト削減を目的に人員削減を進めており、業績と人員削減の因果関係は切り離されつつある。会社依存は危ういという現実筆者は「企業は潰れなくても社員は潰される」と指摘。東芝の不正会計やSONY・JALの赤字など、会社が生き残っても社員が守られない事例は多い。長く働くことを求める社会と、50代に「出口」を用意する企業との矛盾も浮き彫りになっている。
《過去の失敗の責任の押しつけ》
現在の経営の状況に陥ったのは経営者の責任である。もちろん社員の働きも無視はできないが責任はない。にもかかわらず、そのツケをリストラという形で押しつけられる現実は変らない。
○三菱電機、3期連続最高益でも人員削減 過去の経営陣の「ツケ」一掃
2025.10.22
危機を生き抜いてしまったことで生じた「甘え」08年のリーマン・ショックで打撃を受けた電機業界では大規模なリストラが相次いだ。ソニー(現ソニーグループ)や日立製作所、NECなど各社が業績悪化を受けて人員削減を断行。業界全体では当時、毎年1万人を超えるペースで人員削減が進んだとされる。リーマン・ショックで大打撃を受けた電機業界はその後、大規模なリストラに追われた(写真=ロイター)そんな中、「電機の優等生」とされた三菱電機だけは違った。この間も黒字を維持し続け、早期・希望退職を募ることはなかった。阿部氏は「リーマン・ショック時にも黒字を維持して社会的に評価されていたことが、逆に甘えや油断につながった。やるべき時に事業や人材面でシビアな手を打てなかった」と、過去の経営陣に対して苦言を呈す。三菱電機の新卒入社人数は約1000人で、この水準は約20年変わっていない。その一方で、定年後の再雇用や定年延長で65歳まで働く社員が増加し、社員構成におけるシニア比率は上昇し続けている。その結果、管理職ポストがなかなか空かず、かつては30代半ばで課長級以上のマネジャーになれるケースも多かったが、現在は40歳前後と、登用のタイミングに遅れが出始めている。これでは若い人材の手によるスピード感を持った改革にも支障が出かねない。
■262の法則と制度設計
262の法則とはどんな組織でも、メンバーの能力や意欲が「上位2割」「中位6割」「下位2割」に分かれるという経験則になる。これは人の優秀さだけの話ではなく、組織の役割の比率にも適用できると思っている。
A層 アルバイト・派遣・ギグワーク(時間給・契約単位)
B層 熟練技能職・製造職・間接職(評価より安定志向)
C層 企画・研究・事業推進など(成果・目標連動)
にしても、すべてをC層で較正される会社がないとは云わないが、ほとんどの会社はこれらの層の適切な配分ものとで成り立つ。
目安としては
A 層:組織全体の 20〜25 %
B 層:50〜60 %
C 層:15〜25 %
と言ったところだろうか。
制度設計のポイントは下記の様になるだろうか。
A 層:事務補助、雑務代行、単純作業補助など、熟練度要求が低い業務
・報酬:時間給+最低保証月給
・評価:勤怠・業務遂行の適性・定量成果による
B 層:一般業務、専門職基礎、部門ルーティン、熟練度必要業務
・報酬:年俸制ベース+役割評価要素
・昇格/昇給:年齢・勤続要素(一定比率)+スキル評価+役割期待評価
C 層:戦略業務、プロジェクトリード、経営参画、変革業務等
・報酬:成果連動インセンティブ性強(目標達成ボーナス、ストック報酬など)
・評価:目標設定 → 実績評価 → 賞与・報酬連動
■及び腰の人事部門
こうした発想は人事部門に新たなアプローチを採ることを求める。
1.「同一価値労働・同一賃金」原則との整合を確保しつつ、制度上の明確な“線引き”を行う。すなわち、人々との付き合いを雇用形態ではなく「職務の性格」で定義する。
2.評価制度のシンプル化(むしろ削減する)。たとえば B層は「評価」ではなく「熟練段階の可視化」で十分である。
3.契約的合意の導入(A層)で完結させる。成果型の派遣・請負モデルや社内副業制度と連動させる。
4.C層のKPI設計とリーダーシップ開発を連動させる。間違った成果主義の“制度”ではなく“戦略遂行力開発”の仕組みにシフトさせる。
もっとも、こうした提案をすると、多くはできない理由を挙げる。
1.評価制度が複線化=管理コストが跳ね上がる懸念がある。従来型制度の延長線上で考えると「整合性・公平性の説明」が難しい。
2.労働契約の枠組みが一律ではなくなる。A層とC層では“雇用”というより“業務委託”に近く、法的な扱いが異なる。
3.文化的抵抗がある。「同じ会社で働くのに、なぜ評価のものさしが違うのか」という心理的抵抗になる。特にB層の“中核人材”が戸惑う可能性がある。
と言ったところだろうか。こうした発想は「戦略人事」に関する冒涜だ。
よく云われるテーマに「整合性・公平性」を口にすることがある。
しかし、そんなものは無視して良い。
社員(働く側)納得性が高ければ良い。c層は合意できるかどうかであり、一方で不平等契約にならないように注意すれば良い。
A層,B層についても、近年労働市場の中での相場観ができあがってきている。それに基づけば良く、公平かどうかは「社員」が判断すれば良い。
ただし、こうした働く人との関係性を確固たるものにするためには、制度そのものよりも対話の力量が問われるようになる。すなわち
A層なら「契約時の合意交渉力」、
B層なら「熟練の見極め力」、
C層なら「目標設定の妥当性説明力」。
これは従来のように「制度で担保できる公平性」ではなく、人事担当者や管理職の“人間力”に依存する領域である。これに踏み込む気のない人事部門は及び腰になる。
■及び腰になる働く側
いずれ、「終身雇用(あるいは安定雇用)」や「年功序列あるいは自動的な昇給昇格)」はなくなる。いつも「ガラガラポン」の世界になる。あなたがどう思い描こうが、企業は企業側の都合でリストラが続く。
○1万人削減のパナソニック、黒字リストラの企業の本音。氷河期世代に突きつけられる現実
Oct 8, 2025
国内外1万人の人員を削減すると公表していたパナソニックホールディングスの早期退職。報道によると、白物家電を手がける事業会社のパナソニックが10月1〜31日に募集するという。対象は勤続5年以上の49歳から59歳の社員、および定年後再雇用社員で、いわゆる氷河期世代(2025年現在41歳〜55歳)やバブル世代を直撃する形だ。
そして、それが企業側の不全によるとしてもだ。
○ベネッセが希望退職者募集、かつての雄「進研ゼミ」はどうなる?少子化と新規参入…「家庭学習」もデジタル化で勢力激変
2025/10/09
ベネッセコーポレーション(以下、ベネッセ)が「ネクストキャリア支援制度の実施について」という希望退職者募集のニュースリリースを公表したのは、今年6月3日のことだった。今回の希望退職者の対象は管理職を除いた35歳以上の一般社員である。この対象から外れる35歳未満の社員であるAさんは、次のように語る。「若い社員には、『上が開けた』という捉え方も多いと思います。社内のポジション的に上がつかえている状態でしたから、今回の希望退職で35歳以上が辞めれば、自分が上のポジションになれる可能性は高くなります」—ただし、「赤字は会員数減少だけが原因ではありません。大きな問題は紙にこだわりすぎたことだと思います」と、Aさんは指摘する。もともと進研ゼミは、送られてきた紙の教材で学習するスタイルから始まっている。このスタイルは現在でも維持されており、ネットで「進研ゼミ 中学講座」を覗いてみると、この紙教材中心の学習法である「オリジナルスタイル」と日々の学習はタブレット中心でテスト前だけ紙教材を使用する「ハイブリッドスタイル」を選べるようになっている。「このたび、当社は事業計画の実現と中長期での持続的な成長に向けた人材ポートフォリオの見直しを目的として、本制度の実施を決定いたしました」つまり、紙教材ではなくデジタル重視のサービスに転換するために人材の配置を考え直し、不要な人材を整理するために希望退職者を募る、と読める。ニーズに合わせた体制への転換を急速に推し進めようとしている表れが、希望退職者の募集につながっているのだろうか。
働く側も激動する人材市場に翻弄されないように自衛手段を検討すべきである。
「いいなぁ」と指をくわえていても何も解決しない。
○元武田、元パナが古巣を離れて見つけた新天地 活況に沸く中高年転職市場
2025.10.17
大規模な人員削減が相次いだ武田では、元社員同士が自主的に結びつきを深める動きが出てきている。21年に武田出身者が立ち上げたのが、ビジネスコミュニティー「Active-T」だ。医療業界の経験者が多いことを生かし、会員同士の交流や最新の情報共有、ビジネスマッチングの場を提供する。現在設立当初のおよそ8倍、約230人の会員を抱える。発起人の代表である元武田社員の新野雅子氏は「早期退職後も多様な人との交流やネットワークが持てる。それは新たな労働者にとって重要な『無形資産』になる」と語る。
■SWGsと差別
しかし、こうしたA層、B層、C層という区分は企業側の都合での区分であり、働く側の区分ではない。一歩間違えれば、報酬の差別化を生む。安い労働力は安くという風土が定着することは望ましくない。最低賃金の論争でも、中小企業がそれに対応した報酬を出せない事業モデルを改善できない隠れ蓑にすることは経営者の無能さを醸し出す。
農家が「技能実習生」という奴隷がいなければ成り立たないと言うことも社会のゆがみである。新しい人事制度を議論する前に経営の健全性も議論するべきである。
まだしっかりした議論の俎上に登っていないが「SWGs」と言うことがある、ここで言うWは「ウェルビーイング」は単なる「健康」だけでなく、「身体的」「精神的」「社会的に」満たされた状態をいう。
SDGsのような具体的なゴールやターゲットは示されていないがいくつかの概念的な枠組みは提示されている。
分野
従来のSDGsがカバーしきれなかった要素
SWGsの目標としての焦点
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1.精神的・内面的
一時的な幸福(Happiness)ではなく、持続的な満足感。
メンタルヘルスケアの充実、自己肯定感、人生の意義(Meaning)の向上。
2.人間関係・社会
経済的な不平等だけでなく、社会的な孤立。
社会的つながり(Social Relationship)の強化、コミュニティ活力の維持。
3.環境・未来
環境保全が人々の生活の質(QOL)に与える影響。
自然環境の保護を通じた精神的・身体的ウェルビーイングの向上。
4.経済・労働
GDP成長だけでなく、仕事のやりがい。
ワーク・ライフ・バランスの改善、労働における自己決定権の尊重。
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SDGsも達成されていない世界ではこうしたSWGsもお題目で終わってしまうかもしれない、それでも、最近は「ウェルビーイング経営:と言う言葉も認知されてきている。
これは、従業員の肉体的・精神的・社会的な幸福度を向上させることで、組織全体の持続的な成長を目指す経営手法です。具体的には、柔軟な勤務制度やメンタルヘルスケア、ワークライフバランス支援などを行い、働きがいや生産性を高め、結果として離職防止や企業価値向上にもつなげることが期待される。
A/B/C層という区分は新たな価値観の基での人事制度になるだろう。
しかし、それは“搾取”のための枠組みではない。働き方の多様性にどのように報いてゆくのかという論争が必要である。奴隷を生み出す為のものではない。
閑話休題
2025/10/25