ISO9001と経営:事業との統合を考える(2025/12/01)

ISO9001と経営:事業との統合を考える(2025/12/01)

規格要求事項の一つ一つを個別に見ることは適切ではない。部分の集合が全体を表現できるわけではない。この視点で、ISO9001:2015を俯瞰する。

ISO9001という規格に振り回される現場

私はISO9001の審査員をしているが、企業のISO9001への取組姿勢にもどかしさを感じる。

  • 何を実現したいのかと無関係な品質目標(例えば売上。売上は企業の生存条件、生き残ればいいのか)
  • 当たり前の階層別教育を実施して「力量」という要求事項へ対応していると述べる姿勢。
  • 要求事項を並べたチェックリストで、エビデンスを確認した形跡のない内部監査

本来、企業理念(その企業がどのような理由で存在するのか)があり、経営理念(企業理念を達成するための経営資源の使い方の指針)という流れの中で、ミッション・ビジョン・バリューがあり、戦略群がある。その一つが「顧客要求事項を満たす製品・サービス」を確実にするための戦略があり、品質マネジメントシステムが存在する。

したがって、事業と品質マネジメントシステムは不可分なのだが、これが行われている気配が薄い。このドキュメントは

  • ISO9001:2015が求めている「事業との統合」とはなにか
  • ISO9001:2015と事業を結びつける概念は何があるか
  • ISO9001:2015の個別の要求事項を見るのではなく、相互関係と全体を見るべきである

という論点で整理する。

事業との統合とはなにか

ISO9001:2015には下記の要求事項が明示されている。

5.1 リーダーシップ及びコミットメント

5.1.1 一般

トップマネジメントは,次に示す事項によって,品質マネジメントシステムに関するリーダーシップ及びコミットメントを実証しなければならない。

・・・

c) 組織の事業プロセスへの品質マネジメントシステム要求事項の統合を確実にする。

事業プロセスのQMSのへの統合については、「JIS Q 9001:2015 (ISO 9001:2015) 品質マネジメントシステム-要求事項 解説」に以下のように記載されている。

b) 事業プロセスへの統合 5.1.1 c) では,品質マネジメントシステムが組織の事業目的の達成に寄与するものとなるよう,事業プロセスへの品質マネジメントシステム要求事項の統合をトップマネジメントに対して求める要求事項が追加されている。

また,5.1.1 a) では,トップマネジメントが品質マネジメントシステムの有効性に説明責任(accountability)を負うことも求めている。

これらの要求事項の追加には,事業とは独立してしまっている品質マネジメントシステム,及び品質マネジメントシステムの計画・運用そのものが目的になるような形骸化した適用を防止する狙いがある。

この解説の冒頭には「この解説は,規格に規定・記載した事柄を説明するもので,規格の一部ではない。」とあるものの、記載されている意図は尊重されるべきものであろう。

とはいえ、「事業とは独立してしまっている品質マネジメントシステム」を防ぐという意図があるとはいえ、「組織の事業目的の達成」という言葉だけを見ると、業績を上げるというような即物的な目標に目が向き、プロセスには目が向かなくなる。そうした姿勢では「事業と統合した品質マネジメントシステム」などという言葉だけが踊る、意味のない活動になりかねない。

突然「組織の事業プロセスへの品質マネジメントシステム要求事項の統合」が何かを組織内で共有することは難しい。たとえば、下記のような流れを意識することも勧める。

事業モデル(B2B/B2C)

  ↓

必要なバリューチェーン

  ↓

必要となる管理プロセス

  ↓

適用すべき要求事項(関連の意味が決まる)

いくつか専門的な言葉も出てくるので、以下に解説をしてゆく。

マネジメントシステムと「バリューチェーン」

まず、最初に理解しなければならないのは、企業のあり様は共通であっても実態は一つ一つの企業は異なり、同じものはないということである。

共通するものの第一は「マネジメントシステム」の枠組みである。

私は、ISO9001での審査ではマネジメントシステムとは下記の要素の集合体であると説明している。

  • 組織

 ある目的(成し遂げたいなにか)を持ち人々が集まり活動することを組織化という。そこには 誰がどのような権限を持ち、誰が意思決定するのか、それをどう伝えるのかの「意思決定メカニズム」を明らかにしたものを組織という言葉で代用させる。社長がいて取締役がいて部長/課長といった階層などがその代表的なメカニズムである。

  • 機能

 一定規模の組織であれば製品サービスの提供に当たっては、様々な機能の分化と連携が必要である。代表的な考え方はバリューチェーンであろう。この要素一つ一つを機能と呼ぶ。実際のメカニズムは「部門」である。例えば「製造部」「営業部」「総務部」など二分化しているのはこの機能を効率的に運用するためのメカニズムである。クロスファンクションが部門横断と約される所以である。

  • 標準

 こうした製品サービスの提供に当たっては、多くは人の手による作業になる。熟練者もいれば未経験者もおりレベルが異なる。ヒトの習熟度によりある程度の差異があることは致し方ないとしても、個人間のばらつきの防止や、そもそもやってはいけないことやらなければいけないことを明らかにすることは必要である。明文化しているかどうかはともかくこうした認識の共通理解を支えるものが標準である。

ISO9001はこれらの要素を適正に管理するための要点が整理されたものと見ることができる。

しかし、企業活動は会社固有のものであり規格要求事項をそのまま眺めていても有効な活用はできない。なぜならば規格要求事項には、「なぜ」も「どうやっても」の記載はない。したがって、自身の事業を理解するためには自らの「知識」と「技術」を磨かなければならない。

そして、事業を理解するための枠組みの一つにバリューチェーンがある。

バリューチェーンをここでは、そうした枠組みがあるという程度で留める。それぞれが調べてほしい。

ただし「バリューチェーン」にしてもその他の経営分析フレームにしても、すべての会社で共通に使えるモデルなどはない。インターネットで検索して出てくるバリューチェーンには、基幹プロセスとして

  • 購買物流: 原材料の調達
  • 製造: 製品の生産
  • 出荷物流: 最終製品の保管・出荷
  • 販売・マーケティング: 顧客への販売促進・販売活動
  • サービス: アフターサービス

などと表現されるが、その内容は事業の特性によって異なる。

ビジネスモデルの理解が必要になる。

ビジネスモデルへの理解

こうしたバリューチェーンの構造は、自社で実現する製品・サービスの特性により異なるであろうし、顧客や市場へのアクセスをどう関わっているかにもよって変わってゆく。こうした顧客や市場への関わり方を表現する言葉として「B2B/B2C」がある。

 B2Bは企業間取引をイメージすると良い。一般的に「顧客」という言葉を使う場合にはB2Bののビジネスを想定する。1994年代のISO9001では「組織」ではなく「供給者」という言葉を使っていたのも、これが理由だ。とはいえ提供する製品・サービスが顧客により異なる、多くはその組織しかできない独自製品の提供を基本とする。そのため、どのような製品を提供するのかの「設計・開発」が必要になり、一定数量の提供の為の生産ラインの構築や品質管理が求められる。顧客はすでに既知であり、新規顧客に対しても自社の技術力や実績、一般的な与信情報の提示が考えられる。お見合いの釣書のようなものである。

 一方B2Cは、顧客は安定せず、一般的には「顧客」ではなく「市場」という概念で捉えられる。市場の購買層は常に変動し、これをいかに安定させるのかと言うことで、その手法はマーケティング手法になる。ところが、皆は簡単に「マーケティング」という言葉を使うが、これは「企画室」だけで完結するものではない。当然、その情報源を握る「営業」との連携が求められる。しかし、異なる部門間でのコミュニケーションを円滑に進めるためには共通の言語が必要である。例えば AIDMAという言葉は消費者の購買決定プロセスを説明するモデルの1つで新製品の販売戦略を検討する際に使われる。

この節にはビジネスモデルとしての「B2B/B2C」、あるいはマーケティングの概念としての「AIDMA」などの単語が出現した。こうした共通の言語がなければ、部門内の意思疎通や部門間のコミュニケーションも意図した成果を生み出せない。

「知識」と「技術」が共有されないと問題や課題を組織全体で構造的に捉えることができなくなり、刹那的な施策におちいることや部分最適の活動に陥りやすい。

これを防ぐためには、下記の要求事項についても、意味的な重要性を配慮すべきである。

7.1.6 組織の知識

組織は,プロセスの運用に必要な知識,並びに製品及びサービスの適合を達成するために必要な知識を明確にしなければならない。

この知識を維持し,必要な範囲で利用できる状態にしなければならない。

変化するニーズ及び傾向に取り組む場合,組織は,現在の知識を考慮し,必要な追加の知識及び要求される更新情報を得る方法又はそれらにアクセスする方法を決定しなければならない。

規格要求事項の全体としての理解

顧客や市場が異なれば、当然ビジネスモデルも変わってくるであろうし事業構造も変わってくる。そうしたことを配慮して品質マネジメントシステムを整備しようとすれば、単独の規格要求事項を眺めていても課題も見えてこないし問題の明確かもできない。また、個々の要求事項だけに目を奪われると、自部門は関係ないという議論にもなりやすい。

よく聞かされることに、「営業部門は目標として“売上”しか思いつかない。個々の要求事項の対比ができないので認証範囲から外したい。」という言葉がある。これは、会社全体の事業の構造を言語化していないことや、会社全体のビジネスモデルに必要な知識体系を整理していないことにある。

事業構造を言語化していないことは、下記の要求事項への対応が思いつかないことにもつながる。

9.1.3 分析及び評価

組織は,監視及び測定からの適切なデータ及び情報を分析し,評価しなければならない。

>分析の結果は,次の事項を評価するために用いなければならない。

b) 顧客満足度

9.1.2 顧客満足

組織は,顧客のニーズ及び期待が満たされている程度について,顧客がどのように受け止めているかを監視しなければならない。組織は,この情報の入手,監視及びレビューの方法を決定しなければならない。

特に、下記の注記、

>注記 顧客の受け止め方の監視には,例えば,顧客調査,提供した製品及びサービスに関する顧客からのフィードバック,顧客との会合,市場シェアの分析,顧客からの賛辞,補償請求及びディーラ報告が含まれ得る。

を丁寧に読んでゆけば、「市場シェアの分析」の分析も重要であることが分かる。B2Cであれば、購買という点を重視しなければならないということも自明であろう。

事業構造への理解不足は、規格要求事項を表面的にしか見ずに、具体的な行動に紐づけられないことにもつながる。例えば、規格要求事項の「8.2.1 顧客とのコミュニケーション」の冒頭に以下のようにある。

> 顧客とのコミュニケーションには,次の事項を含めなければならない。

> a) 製品及びサービスに関する情報の提供

言葉としては単純で良いが、これを具体的な活動に落とそうとすると難しい。それはビジネスモデルによってなすべきことが全て異なるからだ。

こうした言語化を阻害している要員として「知識」、「技術」あるいは「経験・体験」ああるのであればこれを体系化しなければならない。下記の要求事項を漫然と見ていてよいわけではない。

7.2 力量

組織は,次の事項を行わなければならない。

a) 品質マネジメントシステムのパフォーマンス及び有効性に影響を与える業務をその管理下で行う人(又は人々)に必要な力量を明確にする。

b) 適切な教育,訓練又は経験に基づいて,それらの人々が力量を備えていることを確実にする。

c) 該当する場合には,必ず,必要な力量を身に付けるための処置をとり,とった処置の有効性を評価する。

d) 力量の証拠として,適切な文書化した情報を保持する。

注記 適用される処置には,例えば,現在雇用している人々に対する,教育訓練の提供,指導の実施,配置転換の実施などがあり,また,力量を備えた人々の雇用,そうした人々との契約締結などもあり得る。

漫然と読んでいれば、営業部員やその他の間接部門の人々に対してもいわゆる「階層別研修」をすればよいという思考停止におちいる。

ISO9001に対する対応も経営活動の一環である以上、個々の活動は意味のある連鎖として全体を見る必要がある。戦略的に全体を俯瞰し、事業の実態から規格要求事項を見る必要がる。にも関わらず、個々の要求事項を断片的に見ている組織が多い。

あとがき

 事業との統合というテーマで、系統的に知識・技術を学びこれを活用することの重要性を示唆できただろうか。そのために、一つ一つの規格要求事項を順番に並べるのではなく事業から規格要求事項を俯瞰することの重要性も示したつもりである。

 部分の集合が全体を表していないことは真理であろうが、個々の集積が全体を構成することも真実であろう。個と全体。両方を大切にしてほしい。