「突然の退職」に備える戦略人事の方向性について

「突然の退職」に備える戦略人事の方向性について

文責:中野康範

分野:戦略人事

作成:2026/01/10

物事一面でしか見ていない恐れもあるが戦略人事の方向性に関しての考察である。

テーマとしては「人事部門の強靭性とは何か」に帰着させる。

なお、ここで扱っているのは経営判断そのものではない。人事部門も無関係ではない視点である。

◆ 人事部を悩ませる予測できない「突然の退職」

最近の人材採用で人事部を悩ませることに予測できない「突然の退職」がある。昨年の話題に登ったこととしては、入社直前の内定辞退や入社後すぐの退職があるだろう。[1]

こうした内定辞退や入社後の早期退職に加え「あけおめ退職」[2] という言葉を聞いて驚いた。もっとも、年末年始はボーナス支給月と重なるためにある程度踏ん切りがつく時期でもあり、昔から一定程度は発生していた。

何が違うのかといえば、転職に対するハードル(例えば、昭和の時代であれば「我慢が足りない」といった非難めいた風潮)が下がり、また転職サイトの充実により、容易に情報が入手できるようになったことで。「転職(退職)」が通年化しているのではないか、あるいは状態化しているのではないかと考えられる。

人材の流動化は確実に進んでいると思われるデータとして下記が挙げられる。

厚生労働省 転職者数の推移等

・2023年の転職者数は、2年連続の増加

| 年 | 人数 |

| — | — |

| 21 | 290 万人 |

| 22 | 303 万人 |

| 23 | 328 万人 |

・「より良い条件の仕事を探すため」が増加に大きく寄与

| 年 | (1) | (2) | (3) | (4) | (5) | (6) |

| — | — | — | — | — | — | — |

| 21 | -1 | 2 | -2 | -1 | -17 | 0 |

| 22 | 0 | -5 | -2 | 2 | 7 | 1 |

| 23 | 2 | -1 | -2 | 0 | 19 | 1 |

(注)

(1)会社倒産・事業所閉鎖のため

(2)人員整理・勧奨退職のため

(3)事業不振や先行き不安のため

(4)定年又は雇用契約の満了のため

(5)より良い条件の仕事を探すため

(6)結婚・出産・育児のため

ここまで

転職者数がわずか2年で40万人近く増え、その理由の中で「より良い条件の仕事を探すため」が重要な要因であるならば、企業の人事担当者もこの視点で戦略を立てなければならない。さもなければ、「突然の退職」の防止ができないだろう。

◆ 人的資源の欠乏に対する危機感の必要性

企業は、なんの計画性もなく採用活動をしているわけではない。事業の継続や拡大のためにヒトという経営資源が必要なので増員を行っている。これが満たされないと事業計画自体の見直しも必要になる。当然採用コストの無駄であったり、中途入社の調達や外部委託の可能性の検討なども必要になり、コスト的な負担は免れない。

単にコストの負担だけならばよいが、人手不足は単にオペレーションの低下だけでなく、資格取得者の不足(例えば、土木建築での現場代理人の不足、長距離運転手の不足)は受注機会の損失になりかねない。

2024年問題以降、顕在化している人手不足による事業継続の断念(倒産)[3]はこうした分脈で見る必要がある。

もう一つ危機感を持つことで重要な視点がある。先の転職理由の一つの「より良い条件の仕事を探すため」の背景にある、実質賃金の低下の問題である。

11月実質賃金2.8%減、11カ月連続マイナス 物価に賃上げ追いつかず 2026年1月8日

では

>厚生労働省が8日発表した2025年11月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上)によると、物価変動の影響を除いた実質賃金は前年同月比で2.8%減った。賃金は伸びているものの物価上昇には届かず、25年1月以来11カ月連続のマイナスとなった。

◆ 政策の副作用への懸念

こうした危機感を経営者が持っていないわけではなく、例えば、2026年年初の経営側の考え方の記事を総括すると、「景気回復への期待を持ちつつも、地政学リスク、人手不足、物価高騰、そしてAIの急速な普及とサステナビリティへの対応といった複数の課題に直面しており、これらへの戦略的な対応を重視」していると整理できる。

特に、賃上げの継続は物価高騰と人手不足を背景に、多くの企業が2026年春闘でも5%前後の高い水準での賃上げに前向きな姿勢を示しており、これは実質賃金の増加と個人消費の回復につながると期待されるとしている。実際こうした動きはいくつかの記事を見ると漏れ聞こえてくる。

しかし、人事施策は思いもよらぬ影響(あるいは想定外)の事も起きうることは頭の片隅に置くべきであろう。

(1)リストラの副作用

 黒字リストラにしろ、赤字リストラにしろ想定以上の希望者が発生することがある。例えば2025年初頭に第一生命保険が実施した希望退職(1000人想定)に対し、想定の1.8倍にあたる1830人が応募したころは、当然、退職に応じたときの厚遇も要因ではあったが、これを記に自身の身の振り方を考えたヒトの多さを物語る。赤字リストラは、「泥舟から逃げ出す」ことを加速リスクも有る。例えば、資生堂、希望退職が想定超え257人:経営戦略迷走で人材流出が加速 2026.01.08の記事の中では

  • 資生堂は国内従業員を対象とした希望退職で257人が退職すると発表した。
  • 募集時点の想定は200人前後で、実際の退職者数はこれを上回った。
  • 対象は40歳以上かつ勤続1年以上の社員で、退職日は2026年3月31日となっている。
  • 希望退職では将来を悲観した人材から流出しやすく、組織力の低下を招く懸念も指摘されている。

とあり、「不要人材」を焦点に当てていたとしても予想以上の人材流失につながり、人的資源の枯渇につながりかねない。

「想定以上の退職」は結果としてみれば「突然の退職」と変わりない。

(2)局所的な賃金政策の副作用

 昨年、一昨年から人手不足を背景に「初任給」を上げる動きがあった。これは新卒には嬉しいかもしれないが副作用もある。もともと日本の給与体系は「年功色」が強い賃金体系であった。すなわち、程度の差はあれ、年齢とともに上昇してゆく賃金体系であった。近年は、この賃金カーブを緩やかにする傾向があったとしても、大きなトレンドが変わっていない。

しかし、初任給を上げるということは全体の賃金カーブを上げることにつながる。当然、全体のカーブを抑え、かつ、高年齢層に対してはリストラか賃金抑制しか無い。この点での副作用については前項で述べた。

 これに対し、「同一労働同一賃金」という名目で、定年後給与を見直す企業も出てきている。

野村HD、6割程度だった定年後の給与水準を現役並みに…「働く意欲引き出す」「人材流出防ぐ」 2026/01/08 では

>野村ホールディングス(HD)は、2026年4月をめどに、定年後に再雇用した社員が現役時代と同じ給与水準で働けるよう、制度の運用を見直す。再雇用社員の働く意欲を引き出し、経験や専門性を生かしてもらう。富裕層の資産管理や法人向け投資運用業務といった分野で、専門知識や顧客基盤を持つ人材の流出を防ぐことも狙いだ。

と人材流失を避けるというが、必ずしわ寄せを受ける階層が現れる。かrフェラが優秀であればあるほど離職リストが発生する。

賃金制度を含めて全体戦略が必要になる。

◆ 企業側の思惑と働く側の思惑のズレ

賃金精度に大きく影響しそうな記事を見た。

大和ハウスが冬ボーナス廃止検討 26年度から、総額変えず 2025年12月12日

類似の記事[4]もあり、その中で下記の説明がある。

>大和ハウス工業の芳井敬一会長は12日、報道各社のインタビューに応じ、2026年度から冬に支給している賞与を廃止し、夏に一本化する考えを明らかにした。安心して意欲的に働ける環境整備を進めている中で、業績に連動した賞与の年収に占める比重を減らす半面、月給の比重を上げる。芳井氏は「社員の不利益にならないようにしたい」と述べた。

こうした政策の延長線上には、「年俸制」への可能性も見え隠れする。それは以下のような特徴を示唆する。

・給与原資が一定なら、報酬の高い層と低い層を分別しメリハリのある給与体系とすることがありうる。

・従来の年功型である「職能資格制度」から「職務給、能力給(あるいは実績に基づく次年度給与の設定)」などにより、群としての評価ではなく個の評価に移行する。

・働く側に、働き方の責任を求め、選別型人事制度になりうる。

これが正しいかどうかはわからない。しかし、こうしたシナリオも考えられる。しかし、これは一見合理的ではあるが、先の「より良い条件の仕事を探すため」という課題への解決はできない。なぜならば、上記の発想は、あくまでも企業側からの発想にしか過ぎず、企業がドライであるなら個人もドライになりうる。優秀な人材だけが残ろつ言うのは幻想である。

個人は「働く駒」ではない。彼らには彼らの生活があり、

  • 今日の生活をゆとりある形で過ごす。(ワークライフバランスへの潜在的欲求)
  • 家族を養うという、精神的な支柱を維持する。
  • 学習の機会を得ることで未来のキャリアを形成する

という欲求を満たすことがあるはずである。

その時に、どのような働き方を提供してくれるかどうかが重要であり、企業側(経営者側)が求める働かせ方とは乖離して行。

おそらくは、こうした認識のズレが埋まらない限り、「突然の退職」は状態化してゆくだろう。

◆ 人事部門の目指すべき方向性

まずは課題を「より良い条件の仕事を探すため」で発生する「突然の退職」を低減するということで考えてみたい。

企業側の論理としては「優秀な人材を確保したい」という思いがあったとしても。それを施策に結びつけることは、人材の安定確保という視点でのサステナビリティでは十分ではないという考え方を前項で示した。

転職のしやすい環境ができあがってきたことは「より良い条件の仕事を探す」という動機づけを抑えることはできなくなることも考えられることから、「人材の流動化」は止められない。結局のところ「突然」をいかに無くすのかがポイントとなる。

残念ながら、正解となる施策は思い浮かばない。わかっていることは下記の2点であろう。

(1) 長期的視点と柔軟性

 働く人々を取り巻く環境も企業を取り巻く環境も短時間で変更され不確実性も増す。VUCAは特別なものではなくなるだろう。こうした環境の中で、短期目標(目先の効果)だけに目を向けた施策は予期せぬ結果になることは、上記のリストラや賃金施策の変更に伴うリスクとして取り上げた。

 こうした短期施策を非難しているのではない。施策の目的性を明らかにして、長期的なロードマップを惹かなければ、猫の目のような施策の打ち出しになると云っているのだ。長期的な視点でのロードマップが必要になる。

 しかし、思うようにゆくとは限らないので、柔軟に変更できる思考が求められる。ここまで来たらやめられないは禁物である。

(2) 全方位的なステークホルダーとの関係性

 長期的なロードマップの作成と実施は、人事部門だけでできるわけではない。当然、経営層とのコラボレーションをすることは必要である。また、労働組合との強調も必要であろう。しかし、それだけでは不十分であろう。労働市場との強調も視野に入れるべきである。自社に都合が良いという理由だけでアルムナイ採用に向き合うべきでない。流動化している人材に対してのキャリア支援、コミュニケーション支援、更にその先には社会との共生も含めるべきである。

こうした戦略人事を担うのが今後の人事部門の責務であると言うなら、もちろん「知識・技術」も必要であるが、「使命感」とこれを支える「粘り強さ」を身につけるべきである。上記の2点は、結局は組織文化の話に帰着する。組織文化は「変わらないエネルギー」を内在化している。時間もエネルギーも必要なので、強靭性は必要になる。

「使命感」、「粘り強さ」は一見、会社のために自身を犠牲にしろと云っている様に捉えられるかもしれないがそうではない。変革の必須条件であると考える。ここで言う変革とは「文化としてより良い条件の仕事を提供できる会社を作ること」である。

もしこれができれば、「突然の退職」はなくならないとしても、後悔して辞める人を少なくさせることはできる。

◆ 参照

[1] 「内定を辞退します」「1カ月前に困るよ!」会社は学生に損害賠償を請求できる?できない?  2024年3月5日

https://diamond.jp/articles/-/339842

[2] 年明けに出社すると同僚が退職していた「あけおめ退職」28%が経験 20代は40%以上に 2026年1月6日

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000476825.html

[3]「人手不足」で企業倒産、止まらず 過去最多ペース 人件費高騰が中小企業の経営を圧迫 2026/1/8

>2025年は人手不足による企業の倒産が過去最多(397件)となった。東京商工リサーチ(TSR)が7日に発表した調査結果によると、4年連続で増加している。従業員の退職で倒産が増えたほか、賃上げによる人件費高騰が中小企業を中心に経営を圧迫している実態が浮かんだ。

https://www.sankei.com/article/20260108-2P6R3XY7J5DOBMT7SOQXBFEDX4/

[4] 大和ハウス、26年度から冬のボーナス廃止へ 評価負担減らす狙いも 2025/12/12

https://mainichi.jp/articles/20251212/k00/00m/020/186000c