経営理念

SEとしての経験を活かしシステム・アプローチでマネジメント課題を解決する

当社が設立されたのは1999年。Windows95が出て数年たち、インターネットが徐々に普及しだした年になる。すでに20年近くがたっており、ITに関してはめざましい進化を遂げている。
一方で、実際の経営マネジメントを含め非技術分野(間接業務)では、その思考方法を変えていない。
Input-Activity-Outputといった構造的なアプローチを入れるだけで、何が課題なのかを明確にできることを経験してきた。こうした方法論は昔からあるものの、その思考方法やツール整備がIT的、SE的でない。
当社は、組織課題を解決する手段として、システム・アプローチに着目し、様々な思考実験を行うものである。 思考実験に賛同・参画してくれる組織があれば幸いである。

■ システム・アプローチ

システム・アプローチについては、

https://kotobank.jp/word/%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%81-1542120
が比較的整理されている。
こうしたサイトはいつ無くなるかわからないので、下記に引用をしておく。

 自然現象や社会現象をはじめとする多くの複雑な事象のなかで発生する問題を解決するときの、意思決定を助ける一つの方法。正しくはシステムズ・アプローチsystems approachという。一般的には、対象とするシステムの目標を規定するすべての要因を抽出し、これらの相互作用の分析・検討によって、要因とその効果との関連を明らかにしようとするもので、システム・アプローチは分析的、部分的、全体的、目的的、機能的、効率的という特質をもっている。各種の手法があるが、マーケティング・ネットワーク理論、シミュレーション理論が重要である。

システムの意味
ある事象について、
(1)構成要素の間に相互規定関係が存在し、秩序ある全体をなしていること、
(2)単一または複数の目的をもつこと、
(3)入力inputがあること、
(4)出力outputの一部分を入力へ還元するフィードバックfeedback機能をもつことが明らかになったとき、あるいは明らかであるとき、
これをシステムとよぶ。
システムは下位システムsub-systemからなり、下位システムはモジュールmoduleからなる。モジュールがシステムのなかで操作可能な最小構成単位である。システム、下位システム、モジュールはそれぞれ相対的な概念である。[篠原文陽児]
手順目次を見る
システム・アプローチの一般的な手順は、
(1)モデルの構築、
(2)目標の明確化と目標到達度の測定、
(3)代替案または代替方略(ストラテジーstrategy)の列挙と選択、
(4)機能、価格、信頼性等の分析、
(5)代替案の優劣を決める評価と決定の規則を決めること、
である。とくに(2)と(3)はもっとも重要である。
教育についても、自然現象や社会現象と同様に、この手順を踏まえることが多い。すなわち、システム・アプローチを広く教育事象に適用することによって、教育のもつ目的を科学的にもっとも効果的、効率的に実現しようとする。これを「教育におけるシステム・アプローチ」という。1989年(平成1)と1998年および1999年の学習指導要領の改訂により、1960年代の「効率化された教育」は「非効率ではあってもひとりひとりがそれぞれの学習スタイルで興味・関心に応じて学ぶ」という考え方に移行して今日に至っている。さらに、2008年および2009年に改訂された、幼稚園教育要領、小学校学習指導要領、中学校学習指導要領および高等学校学習指導要領で「生きる力」の充実を図る基礎・基本の学習が強調されている。教育をシステムととらえ、効率的に教授学習を進めた後の段階にこそ、「興味関心に応じた教育」の理念と考え方が大きな意義をもつと思われる。

■ IDEF0

 IDEF0 (機能モデリングのための統合化定義)は、情報システム、事業プロセス、あるいはソフトウエア工学の分析、開発、リエンジニアリング及び統合のためのモデリング言語を提供する、製造機能を記述するための機能モデリング手法である。
(https://ja.wikipedia.org/wiki/IDEF0)より

物事を考えるためにはモデルがあった方がよい。
今は何を議論しているのかが曖昧になると、いろいろな話が混ざる。
論点の意図的なずらしが発生し、まともな対話ができない。
IDEF0は思考をシステム化するための有効なフレームワークだ。

2018年6月25日

沿革

はじめに

(有)中野ソフトウエアサービスとして設立したのは1999年(平成11年)でした。

残念ながら、何かの志を持って会社を作ったわけではないので、だらだらとした活動になっています。

現在、事業ドメインを整理すると以下のようになっています。

  • マネジメント支援のためのツール作成
  • 事業戦略や経営指針作成のための調査研究
  • 個別業務アプリケーションの作成
  • アンケート集計などの個別データ処理代行

こうした事業ドメインは、意図したものではなく、お客様の要望に応えている中で確立されたものです。
これを理解するために何をしてきたのかの棚卸も必要なので下記に整理します。

平成11年(1999年)

会社設立の年。会社設立は7月になるので記録は7月からになります。

その前の月、6月は設立準備でお客さんになってくれそうなところと以前所属していた会社にあいさつ回り。何とか最初の立ち上がりに仕事があったのは彼らのおかげです。青谷さん感謝!

  • T社 検索エンジンを活用したサービスシステム。(Python)
  • N社 目標管理シートの集計分析(Excel)
  • J社 営業スキルの診断システムの開発(Excel)
  • R社 Excelの目標管理システムの開発(Excel)
  • T社 カード決済用のデスクトップ処理システムの開発(VB)
  • J社 人材マネジメントに関するアンケート集計(Excel)
  • F社 WEBでの簡易診断システムの作成(JavaScript)

この時期は、実装はしなかったもののJava、PythonなどのWeb関連技術に触れることができた。全般的にはシステム開発系が多いが、アンケート集計などの業務も多かった。Excelでかなりのことができることがわかっていた。結局この時の開発フレームが当社の中核のサービス対象となってゆく

平成12年(2000年)

会社設立2年目。前年からの引き続きの業務も多い。T社、R社、N社の案件は継続して実施。

「営業スキルのスキル診断」については、診断結果の集計分析も行うことになり、継続的な業務となった。
新たな事業としては以下の通り。

  • J社 標準版社員意識調査システムの開発(Excel)
  • S社 ブラウザーに関する技術調査
  • F社 不動産鑑定システムの開発(C++)
  • S社 目標管理シートの集計分析(Excel)
  • J社 賃金分析の実施(Excel)
  • O社 社員意識調査(Excel)
  • J社 各種アンケート集計など

システム開発といっても、ほとんどの処理がExcel+VBAでできる範囲になってきている。もちろん本格的な開発には、C++などの高度な開発言語が必要になるが、少しずつ世の中の志向が変わってきている。

平成13年(2001年)

継続案件としては、「賃金分析システム」、「不動産鑑定評価システム」、「目標管理シートの集計分析」があった。また、「営業スキルのスキル診断」も継続して受注が続いていた。
出力サービスも行っていたために、この時期にレーザープリンターを2台投入していた記憶がある。
新たな案件は以下の通り。

  • D社 技術者の育成にかかわるコンサルタント(現在まで継続している長期プロジェクト)
  • J社 アンケートの集計分析(数社)
  • C社 画像データベースシステム(VB)
  • N社 高級リゾートホテルでの人材要件の管理シートの作成(Excel)

あるパートナーから業務依頼が来て実施したのだが、コミュニケーションがどこかでおかしくなり「こんなものは頼んでいない」と顧客からクレームが来る事件があった。最初に仕様書も作成し、契約書も整備していたのだが、こうした文書は窓口担当者が勝手にハンコを押していたらしく、当人も辞めてしまっていたために水掛け論になった。結局、パートナーとの関係も悪くなり、その後付き合いはなくなった。

このほかにも、細かい業務支援などを行っていた。一番忙しかった時期になるか。

平成14年(2002年)

多くのプロジェクトが終了していく中で、D社の人材要件の開発プロジェクトは継続して行われていた。J社につては「各種診断システムの開発と運用」が中心となり、会社の収益の柱となっていった。また、調査研究の活動も行っており、T社からの原子力事業にかかわるデータベースシステムの調査も中心的な活動となった。

システム科学研究所の時代にかかわった、KI診断システムの英語版の開発についても案件として成立したが、システムとしては開発を中断することになった。

この時期、「.NET」にかかわる技術調査も行い、開発の方向性が多様化してゆくことを実感した。

J社とは、「eHRM」というコンセプトで新事業を展開できないかと検討を始めたのもこの時期になる。また、「賃金分析」をテーマにJ社といくつかのプロジェクトや個別案件が発生し、たんなるアンケート集計ではなく、シミュレーションなどを含めたHRMに対するIT技術の適用も本格的に検討され始めた。

NPO的なかかわりではEB-COOPとの付き合いもこの時期になる。しかし、この年は、新しい技術分野や顧客開拓が行われなかったことがあり、業績の停滞につながる予感を感じさせている。

平成15年(2003年)

継続案件として、「KI診断システム」、「D社 人材要件の開発プロジェクト」、そのほかの集計分析が主たる業務になる。特にD社についてはクライアントサーバー型の診断システムの開発を行うことになり、Windowsサーバーの管理知識の習得につながった。この年に受注した比較的大きな案件は以下の通り。

  • D社 人材要件診断システム
  • 「EB-COOP」調査研究
  • T社 ディーラーの昇給データの集計
  • U社 プライバシーマーク取得支援

この時期に、日本経営品質賞のアセッサーの資格取得を行うことになる。また、プライバシーマーク取得のコンサルティングを通してISOに触れることになり、これ以降の活動の下地となる。 一方で、設立直後に引き合いのあった「システム開発」は鳴りを潜めてゆくことになる。

会社を設立して4年目になる。今から振り返ると、私のようなフリーのSEにとっては仕事がしずらくなりつつあったことがわかる。すなわち、企業の購買システムが変わり、以前は部門からの発注だったものが「購買専門の部署」を通さないと発注できなくなったのがこのころだった。個人情報保護法、下請け法など様々な要因がある。

平成16年(2004年)

この時期、NPO法人(知課社会ネットワーク?)の設立にかかわる。NPO法人を立ち上げ維持してゆくことの難しさを肌で感じることになる。

継続案件としては「KI診断システム」、「T社 昇給データの集計」、「D社 プロジェクト」が中心となる。 「プライバシーマークの取得支援」は継続して実施する。

事業としては曲がり角に来ており、新しい商品開発として「退職金シミュレーション」などを試行するが十分な成果は得られなかった。プライベートな事件としては、父親の入院、母親の痴ほう症発症が重なり、十分な営業活動ができなかった。一人企業の事業の進め方の難しさを感じたのもこの時期になる。

平成17年(2005年)

活動が比較的継続性の高いものが中心になってきている。主なものは以下の通り。

  • U社 プライバシーマーク取得支援その他
  • I社 ホームページ作成支援など
  • D社 人材要件の研究

新しい枠組みが必要との認識もあり、いろいろな活動はするものの、なかなか収益に結びつかない案件も多くなってきている。下記などがある。

  • J社 成果主義研究会
  • J社 賃金分析シミュレーション
  • K社 目標管理制度支援システム

賃金分析の他、目標管理、社員意識調査などの支援ツールについて模索を始めた時期でもある。ただし、こうした事業が利益を生み出すようなものになったかといわれればNoといわざるを得ない。

振り返ってみると、シミュレーションツールや分析ツールをほしいと要望を出す側は、自分では操作したくないということに気が付いていない。システムを開発するものの商品としての訴求力が弱いことを痛感する。これは今でもなかなか解消できない事項になっている。

平成18年(2006年)

開発案件は少なくなり、分野としては下記が主たる事業範囲になってくる。

  • 個別企業向けの賃金シミュレーション(掛川M社など)
  • 人材要件の研究(D社)
  • アンケート(特に社員意識調査)の集計や分析(N社、W社、F社他)
  • プライバシーマークの取得支援
  • スキル診断などの集計やレポート作成

この時期、分析用ツールとして多変量解析のためのプログラム群の整備も行っている。こうした細かいプログラム群が結構役に立つのだが、売り物として成立しないのは何か販売戦略に問題があるのかもしれない。

この年のトピックとして、JMAMが他社に発注した集計プログラムにミスがあり、その検算のシステムの開発を行ったことがある。この時の経験を基に、ES調査の標準プログラムの作成につながる。

一方で、プライバシーマークの取得支援は営業的な広がりができず、限界を感じるものの、ISMSなどへの関心、監査という枠組みなどへの関心が高まる。

また、金子氏からの提案で賃金制度に関するコンサルタントにも参画し知見を広げることとなった。

 

平成19年(2007年)

特に目立った変化はない。テーマとしては、「社員意識調査」、「目標管理」、「退職金」などをテーマとして集計分析やツールづくり、あるいは研修データの入力システム(名古屋T社)などが中心となっている。
開発案件として、以下のニーズがあり支援を行った。

  • 従来フォートランで開発したものをVB.NETに変換
    インラインSQLを使用した開発。当該年の第1四半期はこれへの対応を行った。
  • 目標管理システムの作成
    目標管理などのWEBサービスを検討するために、固定IPを取得し、社内サーバーの構築を開始したのもこの時期になる。D社の、目標管理などの検証もこれにて行った。WEBシステムとしてMBO80のコンセプトを開発したが。なかなか企業には受け入れにくいことも実感してきて落り、注力対象とはなりにくくなる。
  • ES調査
    比較的大きな案件として九州T社のES調査がある。この時の経験がES調査のワンストップサービス(調査項目の設計、実査、入力、集計分析、報告)につながる発想となった。このコンセプトで、岩手K社の社員意識調査を実施し、「エージェント」というコンセプトも志向したが旨くゆかなかった。

プライベートでは、父が死亡。母親も同じ病院にしていたがすでに認知症を発症しており、父の死を理解しないまま今に至っている。葬儀の他、遺産相続の件、不動産の処分などこの年の後半は私事に時間をとることになり、翌年にかけて業績が急激に悪化していったのは仕方ないことなのだと思う。

この年の得な業務に、倉渕氏から「医薬品会社D社の昇級試験の採点」業務を依頼されることになり、ある意味視野を広げる経験をした。この採点は、2008年、2009年、2010年も実施することになる。

 

平成20年(2008年)

散発的に、社員意識調査やKI診断、スキル診断などを行うが、開発案件は減少してきていった。開発案件は比較的利益率が高いので、これは事業の構成を変える時期が来ていることを示している。

ES調査は一定程度ニーズがあるようだった。ただし印刷会社の大阪O社の社員意識調査とその結果の検証などについて比較的大きな案件があるものの主力とはなっていない。社員意識調査に対しコンサルタント的にアプローチを探るケーススタディにはなった。

業務上のトラブルとしては、T社経由で薬剤店チェーン展開のY社のデータベースについて、顧客は実際のデータベース構築を望んでいたのだが当方は要件定義を依頼されたとの認識がありトラブル。結局T社担当者がしっかり当方に要求を伝えていないことが理由。こうした「頼んだこと」と「頼まれたこと」の不一致は往々にして起こり得るので注意が必要と実感した。依然の「こんなものを頼んでいない事件」を思い出す。

この年は「リーマンショック」の年になる。株式や証券の話とぼんやりしていたら直撃を受けた。営業案件なども失注するケースが増えてきた。というか、予算が凍結されてしまい、動きようがない。

「リーマンショック」は如実に影響が出た年になる。年の後半は全く業務が止まる。知人の会社も軒並みやられ、倒産し連絡がつかなくなる人もいた。この影響は結局元に戻すことはできなかった。いったん失われた企業とのパイプは無くなり、購買システムが変わっているので新たな構築にはかなりの手間がかかる。

時間が余ったので、ISMSの研修を受け、審査員補の資格を取得したのもこの年になる。これも、自身の活動を変えていく一つのターニングポイントとなる。

 

平成21年(2009年)

この年の最初のイベントは「QMS審査員研修」になる。一つのターニングポイントなのだろう。これにより、JMAに審査員として登録され、現在の審査員活動につながっている。時間が余ってしまったので、研修を受けたというのは皮肉なものだ。

同時に、日本経営品質賞の審査員研修も受けており、現在の経営マネジメントにかかわる様々な活動の開始をする年になる。最初の経営品質賞の審査は新潟の印刷会社であり、ここが出発点になっている。

この年は、これといった活動記録がなく、かろうじてD社の記載がある。

営業記録を見ると袴田氏、岩村氏も困窮していたことをうかがわせる。結局両者とも旧来の活動をあきらめたものと考えられる。見事なまでに、事業活動はなく、人脈作りにいろいろ奔走していたこともうかがわせる。Niceに参画し始めたのもこの時期になる。また、「経営革新計画」への取り組みを始めたのものこの時期になる。

何かしらの経営努力をすればリーマンショックは乗り越えられたのだろうか?仮に、前年予測できたとして何か手を打てただろうか?

思い出せば、前年、前々年から少しおかしかった。景気は確実に悪くなっていた。おそらく、零細企業ではどうしようもなかっただろう。逆に中途半端な大きさでないから生き残ったのかもしれない。何とも言えない。

 

平成22年(2010年)

「リーマンショック」の影響がまだ残っていたと考えられる。ほとんど活動をしていない。かろうじて「D社 人材要件プロジェクト」がある程度。第3四半期(1月から9月)まではほとんど活動がない。

第2半期は日本経営品質賞の審査(M乳業)、QMSの審査が主となる。

最後の4半期になると、名古屋A社の社員意識調査の案件が具体化し、これがワンストップサービスとしてのES調査の最初の案件となる。九州N社の社員意識調査も分析主体の案件として成立した。やっと、案件が見え始めたことになる。

都合、1年半は実務がほとんどなく、経営的にはかなり傷んでしまった。会社として何とかやってこれたのは、「個人企業」という特性だからだろう。従業員がいたらこうはいかなかった。

 

平成23年(2011年)

この年では、大規模な社員意識調査として、名古屋A社、S社にかかわることになる。こうした事業を通して、ES調査の標準化を進めることになり、当社のある種の方向性を作ることになる。設問項目の設計、実査の支援、データ入力、集計と個別企業に応じたグラフ作成、結果の読み解きなど、ES調査にかかわるプロセスの各段階について経験することになる。社員意識調査に関しては、このほか九州N社などもあった。

これを皮切りに、ES調査が業務の中核を占めてゆく。

JQAやQMSの審査活動も並行して行っている。

とはいえ、これ以外に目立った案件がなく、リーマンショック前の業務範囲の回復には届いていない。

 

平成24年(2012年)

社員意識調査にかかわる案件が増えてくる。顧客も名古屋A社、名古屋S社、千葉M社などになる。

QMSの審査、日本経営品質賞の審査などを通し、企業の生の声を聴くことができるようになり、社員意識調査の意義などを考える下地となった。現在のクロスレポートプロジェクトの揺籃期ともいえる。

 

平成25年(2013年)

年をまたいで、名古屋S社、名古屋A社の社員意識調査の案件が続いていた。特に名古屋A社の社員意識調査の結果は部門ごとに読み解き課題を出す仕事であったために、結果を読み解く作業に没頭した。この経験が、社員意識調査の結果の整理についてどう考えるのかの素案となった。とはいえ、年の後半は再び案件が途切れがちになり、会社の方向性をどうするのかの課題が表面化することになった。

平成26年(2014年)

金子氏から相談された「賃金シミュレーション」の開発が本格化した年でもある。まだ個別の企業対応であったが、汎用的にできる要素を含んでおり、(有)中野ソフトウエアサービスとしての商品化の可能性を考えることになる。

日本経営品質賞でいえば、前年にリーダーとなり、地方賞(会津若松)の審査リーダーを務めた年でもあり、いろいろな意味でターニングポイントとなった。

社員意識調査も、案件がいくつかあり(名古屋A社、千葉M社、九州M社)継続した事業となってきた。
その他の案件として、下記が特記事項になる。

  • HPC社から、D社の評価基準作りの支援
  • 神田S社からの事業計画づくりの支援
  • 九州M社について賃金関係のコンサルティングを実施

パートナーとしては、神田のS社との関係構築が大きかった。IC協会の鈴木さんからの紹介で、事業計画作りのコンサルタントという言い方が一番近いだろうか、今まで手掛けていなかった分野の仕事をもらった。この活動を通して、企業活動を理解するためには、多面的なものの見方をしなければいけないことに気が付く。

さて、JQAAの広報部会の理事になったのもこの年になる。

いろいろなことが「クロスレポートプロジェクト」に向かわせている気がする。

平成27年(2015年)

この年の主な案件は以下の通り。

  • 九州M社 賃金制度に関するコンサルティング支援
  • 神田S社 事業計画作成支援
  • 名古屋A社 社員意識調査
  • MW社 社員意識調査
  • 千葉M社 社員意識調査
  • QMS審査
  • 日本経営品質賞審査

当然、社員意識調査が主体ではあるが、事業の柱として、「賃金」、「事業戦略」、「マネジメント」が主たる領域に移ってきていることがわかる。この傾向は、現在(2017年8月)までも同じ傾向を示している。当社の主力ドメインとなってきた。

 

平成28年(2016年)

個別企業の名称は省略するが、当社のドメインがはっきりしてきた。

  • 社員意識調査にかかわる事業(千葉M社)
  • 賃金分析、賃金シミュレーション(各社)
  • 事業計画作成支援(各社)
  • 経営品質に関しての活動
  • QMSに関する活動

新たな事業計画の策定支援として、本郷N社から引き合いがあったが、成約はしなかった。魔法のように売り上げが上がるアイデアなどあるわけはないのだが、そうした期待を持って話をされても答えようがないと実感した。

上記案件は、それほど業務量としては多くなく、リーマンショック直後と似たような状況になってしまった。
上記ドメインをこれからも進めるにしても、法人として活動をするのかを判断する時期に来ている。

法人設立時には企業間取引が必須だったために登記したが、必ずしも法人として契約が必須ではなくなってきており、法人活動する意味があまりなくなってきた。そろそろ潮時かと思い、整理を始めた。

 

平成29年(2017年)

さて、廃業しようと経理士に相談したら、財産処分や税金などの話をいろいろされた。廃業自体は簡単なのだが債務整理はとんでもなくめんどくさい。まぁ、私が死んだらいやも応もないが、あえて今そんな面倒なことに首を突っ込む必要もない。

ということで、継続することとした。さて、平成11年から始めた企業活動も今年で19年目になる。やっとというべきだろうか。事業ドメインを定めて動き出すことになる。主なテーマは次のようになる。

  • 経営マネジメントをどのように考えるべきかのフレームワークづくり
  • 経営マネジメントを支援するためのITツールの整備
  • 具体的なマネジメントの支援

最初のテーマは、「クロスレポートプロジェクト」という名称で展開する。2番目、3番目は、「ファクトリーサービス」という名称で展開することとする。さて、結局、法人での活動はもう少し継続することになる。

最新更新:2017年8月15日

以上

 

会社概要

組織概要

 
社名  (有)中野ソフトウエアサービス
事業目的

(定款より抜粋)

・コンピュータソフトウエアの開発・販売
・コンピュータにかかわる調査・研究
・コンピュータでのデータ処理
代表者 中野 康範
 所在地
〒340-0023
埼玉県草加市谷塚町734-1-11-304
TEL. 048-925-5056
FAX. 048-925-5056
 資本金  300万円
 設立 1999年7月
従業員数 1名(社長だけです)
役員 取締役社長 中野康範
取引銀行 武蔵野銀行

 

関連情報

主な業務

  • 人材マネジメント・組織力診断に関する調査・診断システムの開発
  • 業務分析と支援システムの設計、開発
  • ソフトウエア技術者の育成に関するコンサルティング
  • IT技術活用に関するコンサルティング(情報システムの評価、管理支援)
  • 個人情報保護法への対応のコンサルティング(内部規定などの作成等)
  • マネジメントにかかわる支援

中野の資格、その他

  • 経営品質協議会セルフアセッサー認定 認定番号JQAC07418
  • JQAA – 経営品質アセッサーフォーラム 理事
  • QMS主任審査員(2019年格上げ)
  • ISMS審査員補(返上)
  • 情報処理技術者試験2種(1983年) 旧通産省
  • 初級システムアドミニストレーター(2004年) 経済産業省
  • NGO日本アイアイファンド 理事

 

特技

  • プログラムが書けます。たいていの言語が可。
  • パソコンを組み立てられます。
  • Excelはかなり使いこなせます。
  • 悩み事を聞けます。

以上

(有)中野ソフトウエアサービス

組織名:(有)中野ソフトウエアサービス

 設立は1999年。資本金は300万円でスタート。
 有限会社という名称は今もあるが、現在の会社法では少し特殊な扱いになっている。
 有限会社とは何かについてはWikipediaの以下の記載が参考になる。
有限会社(ゆうげんがいしゃ)とは、日本において過去に設立が認められていた会社形態の1つである。2006年(平成18年)5月1日の会社法施行に伴い根拠法の有限会社法が廃止され、それ以降、有限会社の新設はできなくなった。
 会社法施行の際に存在していた有限会社は、以後は株式会社として存続するが、従来の有限会社に類似した経過措置・特則が適用される。かかる株式会社の詳細は「特例有限会社」を参照。また、社名の変更も強制されないため、現在も有限会社を名乗る企業が多数存在する。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E9%99%90%E4%BC%9A%E7%A4%BE より引用

設立から、およそ20年近くになっている。設立時から社員はおらず、1人で事業を営んでいる。
 1人でやっているのであれば会社という組織にする必要はないのだが、お客さんとの契約のしやすさから法人という形態をとっている。

1人でやっている気軽さと、一人でやらなければいけないストレスのはざまでの活動になる。

事業目的(定款から抜粋)

  • コンピュータソフトウエアの開発・販売
  • コンピュータにかかわる調査・研究
  • コンピュータでのデータ処理
 設立当初は、あくまでもコンピュータソフトウエアが中核のドメインであったが、2017年現在、事業内容があいまいになり広範囲になっている。いわゆるマネジメント系のいろいろなサポートというのがわかりやすいだろうか?

 許認可が必要な事業を別途行うのであれば定款の変更が必要なのだが、当面は咎められることもないのでこのままの形で進めることになる。

住所・連絡先

 
 住所  〒340-0023 埼玉県草加市谷塚町734-1-11-304
 TEL/FAX  048-925-5056
 営業時間  平日 10:00 ~ 17:00
 メール  info と nss.watson.jp を @で接続してください。
 宛先  中野 康範

補足事項

 会社を作ったのは1999年7月。今年で、18期目になる。結構長いね。
 まだ、ソフトウエアを中小の会社に外部委託するという風潮があった時代です。
 当社も、下請けとしてソフトの開発をしていました。
 また、小回りが利くこともあり、特殊な業務の用途に使うためのアプリなども開発していました。
 かなり特殊な分野で仕事をしてた気がします。思い出せるのは以下の通りです。
 ・スキル診断
 ・目標管理
 ・不動産鑑定評価
 ・教育者向け検索システム
 ・組織診断システム

いろいろなことが一変したのが2008年のリーマンショック。かなりのインパクトがありました。仲間(パートナー企業)も多くが立ち行かなくなり廃業しました。すでに連絡も取れない方もいます。
当社も事業が立ち行かなくなり、いろいろなことに取り組み今に至っています。

1人の会社なので、かなりのことがあってもなんとかやってこれましたが、従業員を抱えていたら確実に倒産していましたね。突然、お金が動かなくなり、それが一年半続いたということを思い出すと、よく今こうしていられるのかと感慨深いものがあります。

おかげで、経営をするということを実感した気がします。

閑話休題