賃金制度を考える背景:高度プロフェッショナル制度の向こう側

今日の新聞で、いわゆる「働き方改革法案」が成立するという記事が出ていた。
良い悪いではなく、労働環境に影響を及ぼすであろう法案となると考えられる。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32367780Y8A620C1EA2000/

参院厚生労働委員会は28日、安倍政権が今国会の最重要課題に位置づける働き方改革関連法案を自民、公明両党などの賛成多数で可決した。米国を除く環太平洋経済連携協定(TPP)参加11カ国の新協定「TPP11」関連法案も同日の参院内閣委員会で可決された。与党は両法案とも29日の参院本会議での可決、成立をめざす。

これは、企業の「戦略人事」にどのような影響を及ぼすのだろう。

■ 高度プロフェッショナル制度 とは

都市伝説よろしく、様々なサイトでは「高度プロフェッショナル制度」について解説や意見が出ているが、そもそもどのような法案なのかを確認する必要がある。

素直に、厚生労働省のサイトでの情報を引用してみる。

働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱(答申)
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190691.html
が、平成29年9月12日に出されており、その骨格は以下の項目で構成されている。

○長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現
1.労働時間に関する制度の見直し(労働基準法、労働安全衛生法)
2.勤務間インターバル清楚の普及促進等(労働時間等設定改善法)
3.産業医・産業保健機能の強化(労働安全衛生法)
○雇用形態に関わらない公正な待遇の確保
1.不合理な待遇差を解消するための規定の整備(パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法)
2.労働者に対する待遇に関する説明義務の強化(パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法)
3.行政による履行確保措置および裁判外紛争解決手続き(行政ADR)の整備

この中で、「労働時間に関する制度の見直し」の記載に下記がある。

企画業務型裁量労働制の対象業務への「課題解決型の開発業務」と「裁量的にPDCAを回す業務」の追加、高度プロフェッショナル制度の創設等を行う(企画業務型裁量労働制の業務は範囲を明確化・高度プロフェッショナル制度における健康確保措置を強化)

ただし、単純に「高度プロフェッショナル制度」だけが中核でないことがわかる。
そもそも、この部分だけを反対しているのに、なぜこだわるのか。
これは、実は安倍政権の事情もあるのではないか。

ある記事に「第1次安倍政権が2007年に導入を目指したホワイトカラー・エグゼンプションの焼き直し」という記載があるが、どうも安倍政権の長年の夢のようだ。
ホワイトカラー・エグゼンプションは「アメリカの制度で、ホワイトカラー労働者に対して労働時間規定の適用を免除することをいう。エグゼンプションは「(義務・法の適用などを)免除する」という意味の動詞・エグゼンプトから来た言葉。」だそうだ。

日本の企業文化に合うかどうかは関係なく、とにかく入れたいということだろう。

さて、聞き慣れない制度なので、中身が気になる。

具体的にはどんなものだろうか。

同じように厚生労働省の資料を見る。

「労働基準法等の一部を改正する法案について 資料No2」
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000176290.pdf

この資料の「高度プロフェッショナル制度」の創設について」を抜粋する。

1.対象業務
・「高度の専門的知識等を必要とする」とともに「従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められる」という性質の範囲内で、具体的には省令で規定

・金融商品の開発業務、金融商品のディーリング業務、アナリストの業務(企業・市場等の高度な分析業務)、コンサルタントの業務(事業・業務の企画運営に関する高度な考案又は助言の業務)、研究開発業務等を想定

2.対象労働者
・書面等による合意に基づき職務の範囲が明確に定められている労働者
・「1年間に支払われると見込まれる賃金の額が、『平均給与額』の3倍を相当程度上回る」水準として、省令で規定される額(1075万円を参考に検討)以上である労働者
・「本制度の対象となることによって賃金が減らないこととする」旨を法定指針に明記

3.健康管理時間に基づく健康確保措置等
・使用者は、客観的な方法等により在社時間等の時間である「健康管理時間」を把握
・健康管理時間に基づき、
①インターバル措置(終業時刻から始業時刻までの間に一定時間以上を確保する措置)、②1月又は3月の健康管理時間の上限措置、
③年間104日の休日確保措置
のいずれかを講じるとともに、省令で定める事項のうちから労使で定めた措置を実施
・併せて、健康管理時間が一定時間を超えた者に対して、医師による面接指導を実施

4.制度導入手続
・職務記述書等に署名等する形で職務の内容及び制度適用についての本人の同意を得る。
・導入する事業場の委員会で、対象業務・対象労働者をはじめとした上記の各事項等を決議

5.法的効果
・時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の規定を適用除外とする。

このまま素直に読むと、それほど問題がるとは言えないだろう。
だたし、運用にあたってはいろいろ混乱しそうだ。

■ 人事制度として考えると

上記には、「成果」をどう算定するのかという議論と、「報酬」をどう決めるのかの指針は含まれていない。それはそうだろう。法律で決められるモノではない。

理念はどうであれ、運用は現場でゆがめられる。
成果主義が虚妄と揶揄され、どの会社でも成果主義が本来の趣旨にしたがって運用されているところを見たことがないなどはその例になる。

名ばかり管理職として訴えられた例や裁量労働といって営業職に過剰労働の押しつけをしていた例などを見ると、やはり人事制度の運用はそう簡単ではないと考えられる。

仮に年度更新の「年俸制」であっても、昨年度からの引き続きの金額で契約(手を打つ)のを見ているので、しっかり「成果」と「報酬」がリンクしているとは思えない。
都合が悪くなったら契約を更新しないということにおびえて、まっとうな専門性を発揮できるとは思えない。

こうした不安は、企業側も持っていると思うし、今すぐどうこうせいいわれても困るだろう。

企業の対応については以下のような記事があった

https://article.auone.jp/detail/1/3/6/16_6_r_20180621_1529580632488478
高プロ「採用する」100社中6社 朝日新聞アンケート

サンプル数が100社であるので、単純に6社が多いかどうかは判断できない。
むしろ、31社は「採用するつもりはない」と回答している。

基準の一つに、「年収1075万円」とあるから、こうした該当者が多い企業であれば、入れる余地があるが、そうでないならば入れる余地はない。

また、賃金制度が専門職を意識していなくて、単純に年齢がいったために高年収になっているところが、無理に制度を入れれば、単なる残業代減らしになりかねない。

労使ともにとってやっかいな制度になりかねないので入れるのに躊躇するだろう。

一方で、上記には企業側にいくつも注意点を促している。
労働者は単に使い捨ての駒ではないので、健康管理をしっかりやること。

過去に企業の担当者に注意を促したのだが、みなし残業があろうとなかろうと、また管理職であろうとなかろうと、何時から何時まで働くのかの時間の管理をしなくてもよい理由はない。価値を生み出すのにどのような働き方を管理しないで企業の生産性をどうはかるというのだろうか。

また、勝手に「あなたは高度プロフェッショナルです」と勝手に決めることは許されないこと。強い立場で契約を迫ることは、そもそも違法であることを自覚すべきだろう。

(参考)
「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」導入の議論に欠けている視点
https://at-jinji.jp/blog/16212/

労働時間の算定と長時間労働者への対応事例
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/roudou/an-eihou/dl/p060411-3c.pdf

■ 給与格差の拡大

企業の人事部として「高度プロフェッショナル制度」を考えるべきことは、
・優秀な人材を適正の処遇することで流失を防ぐことができるか
・同じ理由で外部から調達できるか
になる。

少子化でけでなくグローバル化も人事制度を脅かしている。
海外の優秀な人材を採用しようとすると、現行制度の枠内で支払うことができない状態が起きかねない。
それこそ、大卒であっても能力評価をして初任給に格差をもうけなければ対応できないかもしれない。

もっとも、学歴で差をつけるという下記の記事は乱暴すぎる。

東大卒も三流大卒も同じ初任給でいいのか…就活の常識が変わる?
https://diamond.jp/articles/-/173152?page=2

それでも、今までの年功型賃金には無理があるし、何らかの報酬制度の改訂が多くの企業で求められている。そのいい機会なのだろう。

この状況は、派遣やアルバイトなどの非正規社員を取り巻く環境も影響してくるだろう。

高額時給の派遣、引く手あまた
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/depth/060401074/?ST=pc

を見ると、IT系(WEB系、スマホ)の平均時給は2,000円を超えており、企画・マーケティングも1758円であり職種によっては3,000円となっている。
一般的な事務作業やサービス業・飲食業でのスタッフ職では1,100円であることなどから、仕事の質による報酬が常態化してくるだろう。

(参考)
高額時給の派遣、引く手あまた
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/depth/060401074/?ST=pc

東京都の平均時給1,099円(全国平均1,001円)
https://townwork.net/tokyo/jikyuu/

中小企業にとっては人の確保がますます難しくなり、そこそこの仕事しかできない人材は働く場を失うことになる。
働く人にとっても人材を確保したい人材にとっても、やり方を間違えると悪夢の状態になる。

最賃法の問題は中小企業はますます生産性を上げないと対応できないだろう。
いままで10人でやっていた仕事を8人で回すようにしないといけない。

しかし、生産性を上げられる能力があり執務能力が高い人は、こうした低賃金で働く必要がなくなる。高給の派遣労働者という道がないわけではない。
「高度プロフェッショナル」として、企業と契約することもあり得る。

最低時給1000円時代の現場 物流生産性が企業間格差を広げていく
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090905/204087/

すでに、「HRMとAI」(http://nss.watson.jp/2018/06/24/hrm%E3%81%A8ai/
で取り上げたが、RPAにより、多くの仕事が人間がしなくても良くなってくる。

しっかりした設備投資ができる会社はより生産性を高くし、それができない会社は生産性の低さに甘んじる必要がある。

そこそこの仕事しかできない人材に高給を払うことはできなくなるだろう。

減っていく「そこそこの」スキルの仕事 欧米で進む仕事の二極化
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130501/247461/

仕事の質によって給与が決まる時代になると考えると、「高度プロフェッショナル制度」は否応もなく必要になる。

働き方が変わってゆくことを題材にしている書籍としては「ワークシフト」を読むとわかりやすい。

その中で、未来に必要な資本は(1)知的資本(知識と知的思考力)、(2)人間関係資本(人的ネットワーク)、(3)情緒的資本と指摘している。

人材を資本ととらえることができるのならば、むやみな流失は避けたい。
そのためにも「高度プロフェッショナル」を取り込むための人事制度を作るべきだろう。

■ 人事部として配慮すべき離職率の問題

「高度プロフェッショナル」に関連して配慮すべき事項として、離職率の問題もあるだろう。
調達の難しさに加え、せっかくの人材の流失につながる事態は避けたいだろう。
ただし、こうした問題は今に始まった問題ではないし、何も手を打たなかったわけではないだろう。

数字を見てみよう。

厚生労働省などから数字が出ている。
例えば、新卒者の離職率は下記で見ることができる。

新規学卒者の離職状況
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000137940.html

「新規学卒就職者の学歴別就職後3年内離職率の推移」
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11650000-Shokugyouanteikyokuhakenyukiroudoutaisakubu/0000177659.pdf

これを見ると、中卒で70%程度、高卒で50%弱、大卒で30%程度と、いわゆる「七五三」となっている。
もちろん、社会の景気などにも左右されるので、景気の悪い年(バブル崩壊やリーマンショックのころ)などは、低くなるもののそれほど大きな差異はないと考えている。

同じように、完全失業率と有効求人倍率を眺めてみよう。

独立行政法人労働政策研究・研修機構のサイトに、完全失業率と有効求人倍率のグラフが掲載されている。

図1 完全失業率、有効求人倍率
http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0301.html

これを見ると、高度成長期(60年から70年代)、バブル期)90年前後)や景気拡大時期(ここ数年)は有効求人倍率は高くなり、不況時には低くなっている。

したがって、人がほしいと思ってから調達を考えているのでは遅いということを示している。

一方で、完全失業率は有効求人倍率とは逆の傾向を示している。これは当たり前なのだが、失業率自体は逓増しており、高度成長期に比べ2%程度上昇している。
これは、企業が求めている人材の要件とミスマッチが起こっており、求人はあるもののそれに応募できない層が一定程度いることを示している。

■ 結論としての戦略人事という視点での「高度プロフェッショナル」のとらえ方

「経営を強くする戦略人事」の中では、環境変化の中で「統制型人事から開かれた人事」を推奨している。

開かれた人事のためには、様々なステークフォルダーがそれに応じた参画性を確保できることが条件となる。

それは、「制度」の都合で従業員を見るのではなく、「従業員にとってどんな意味があるのか」を明確にすることだろう。

「高度プロフェッショナル」という名称ありきで勝手に解釈をして人事制度を適用させれば、予期せぬ訴訟リスクを招く。

もし、今の人事制度を残しながら新たな働き方をそこに定義するとしたら、それは会社にとってどんな意味があるのかを議論しなくてはならない。

理想を言えば、「社員は自分のライフステージを設計し、成長をしながら会社にどのような貢献をするのかを考えられる」ことを後押しするような制度設計をすべきだろう。

「何者になりたいのかを、すぐにでもとは言わない、教えてくれ。それを手伝いたいのだ」という哲学もありうる。

感謝され、尊敬される人事部を目指してほしいというのは無茶な望みなのだろうか。

2018年6月29日