AIに関する誤解 20100130 AIに任せておけば善いという誤解

Googleは2018年6月11日付けで下記の宣言をしています。

https://japan.googleblog.com/2018/06/ai-principles.html
Google と AI : 私たちの基本理念

この中で、「AI利用における基本方針」として下記をあげています。

1.社会にとって有益である
2. 不公平なバイアスの発生、助長を防ぐ
3. 安全性確保を念頭においた開発と試験
4. 人々への説明責任
5. プライバシー・デザイン原則の適用
6. 科学的卓越性の探求
7. これらの基本理念に沿った利用への技術提供

この中で「2. 不公平なバイアスの発生、助長を防ぐ」では以下の記載になっています。

AI のアルゴリズムやデータセットは、不公平なバイアスを反映したり、強化したり、反対にそれらを緩和することもできます。あるバイアスが公平か、不公平かを判断することは必ずしも容易ではなく、文化や社会的背景によってその判断が分かれます。しかしながら、特に人種、民族、性別、国籍、所得、性的指向、能力、政治的または宗教的信念などといった繊細なトピックにおいて AI が不当な影響を与えることがないよう努めます。

こうした記述は、AIにすべてを任せるのではなく、人間をサポートする仕組みとしての役割だと認識し、機会と人をつなぐ「なにか」という枠組みを理解しているからでしょう。

昨年、内定辞退率のサービスをしたことが問題になりましたが、個人情報保護という立場ではなく、倫理観でいえば、「本人が承知していないにもかかわらず、勝手に自分への評価バイアスがかかる情報が提供され、それに対し異議を唱えることも修整させる手段も与えられない」という倫理的な問題の方が重要かもしれません。

結局のところ、AIは様々な事柄を高速処理することで、未来の可能性を示しだけであろうと云うことをしっかり認識しないと、AIがやってくれることを無条件に受け入れてしまうことになりかねない。

前回のAIは何でもやってくれるという誤解もこのへんに起因するかもしれない。

AIに関する誤解 20100129 AIは何でもやってくれる

少し前の話なのだが、マシニングセンター内に温度センサーを取り付け異常値を示したら警告を出すための簡易的なAIシステムを作成した。
機構は単純で、温度変化の微分値を観察して、許容以上であれば警告を出すというものだ。
許容範囲は、最初は適当に入れておいてパターン化は後でやろうという計画だった。

前提としては、温度の計測データを評価するところなのだが、これはお客さんにしかできない。何が異常なのかは私にはわかりようがないのだから。

ところが、観測データの評価をお客さんはできないという。「温度データは今まで観たことがない」というのがその理由だった。

「AIは自動的にやってくれないのか?」

と衝撃的な言葉だった。

「いやいやAIは様々な技術の総称であって、万能の特定のツールを指す言葉ではないですよ」

と話をしている内に、AIと言う言葉だけが先行していることに気がついた。

実装レベルの話をするとAIという言葉は正しくはなく、「機械学習」という言葉が一番しくり来る。
機械学習も、「正しい答えを求める教師有り学習」と「事象のパターンを探す教師なし学習」に分けられる。

実務的に活用されているのは「教師有り学習」なのだが、こうしたシステムは、「膨大な善い悪いを判定したラベル付きのデータ」と「それを解釈する学習エンジン」が必要になる。

この「ラベル付きデータ」を作成するのはとても大変で、そのあたりを誤解すると「AI万能論」が出てくる。

現在、AIをHRMは個人ごとにどう活用するかを考えているのだが、いろいろ記事を見ていると誤解を招きやすい記事があるので。

さて、参考のために

【教師なし学習】
教師なし学習とは、機械学習の手法の一つである。「出力すべきもの」があらかじめ決まっていないという点で教師あり学習とは大きく異なる。データの背後に存在する本質的な構造を抽出するために用いられる。

教師あり学習は、その「出力すべきもの」も入力として与える手法であり、データの背後に存在する本質的な構造を抽出するよりむしろ、思い通りの出力を再現する機械の構成に用いられる。

具体的な例として以下のようなものがある。
クラスター分析
主成分分析
ベクトル量子化
自己組織化マップ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E5%B8%AB%E3%81%AA%E3%81%97%E5%AD%A6%E7%BF%92

【教師あり学習】
教師あり学習とは、機械学習の手法の一つである。事前に与えられたデータをいわば「例題(=先生からの助言)」とみなして、それをガイドに学習(=データへの何らかのフィッティング)を行うところからこの名がある。

典型的なものとして分類問題と回帰問題がある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E5%B8%AB%E3%81%82%E3%82%8A%E5%AD%A6%E7%BF%92

2020年春闘 企業側の関心、僕らの関心

NHKの報道で、今年の春闘についてその傾向を解説していた。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200128/k10012261161000.html
春闘 事実上スタート 日本型雇用システムも労使交渉の焦点に

労働者側が賃金にこだわった方針を打ち出しているのに対し、経団連側は雇用制度の見直しを焦点にしているようです。
終身雇用が担保されないと人財育成が損なわれるという論点を出しているようですが、おそらくはこれは的外れでしょう。

長期雇用の中で培われるのはその会社でしか通じない技術習得につながりかねないことが有り、その人にとっての自由な働き方の選択肢を狭めかねません。個人的には、人財育成を企業に頼る部分は減らして行き、個人が自己のマネジメントの中で知識や経験、技術を身につけることをできる環境を提供するにとどめておくべきだと思っています。

経団連は、2020年1月21日に「人財育成に関するアンケート調査結果」を公開しています。
https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/008.pdf

その中の要約を抜粋すると以下のようになります。

(1)人材育成施策の環境変化への対応状況
• 自社の人材育成施策が環境変化に「対応できていない部分がある」との回答は9割弱(88.8%)にのぼる
• 対応が必要となっている要因(複数回答)としては、「就労意識の多様化(ダイバーシティ経営の推進)」と「デジタル技術の進展」が多い

これは静的な人材では環境変化について行けないので動的な人財育成が必要だという認識にいることがうかがえる。

(2)人材育成施策の見直し
・具体的に取り組んでいる事項(検討中を含む、複数回答)としては、「方針や戦略の見直し」「予算の見直し」「経営トップ等からのメッセージの発信」「対象の重点化」「Off-JTの見直し」がそれぞれ6割を超えている
• 予算の見直しは、「拡充」と「重点化(対象の変更)」がそれぞれ5割前後を占め、「縮小」は2.4%となっている

施策などについてはこの後にも続くが、具体的な施策がありふれたもので有効とは思えない。レポートの最後に、以下の記述がある。

• 高度専門分野における能力や幅広い知識・教養の取得・開発を進めるため、「外部との連携に取り組む(検討中を含む)」との回答が8割弱(78.2%)に達している
• 他方、「基本的に社内で取り組む(検討中を含む)」との回答は15.1%となっている
• 連携先としては、「人材育成サービス企業」「他企業(業種を問わず)」「大学や高専等教育機関」との回答がそれぞれ5割超となっている

現在の人材をそのまま活用して成長が担保されないなら、外部から調達するか専門教育をするしかない。雇用される側が、従来のように一律の賃金や処遇を求めていても、そのような働き方を担保する職場がなくなっているかもしれない。

関心事がずれている春闘と言う印象だ。

さて、いろいろな意味で雇う側が今は有利な立場にいる。しかし、いずれ雇用される側が企業を選ぶ時代が来る。企業が働く人たちにとって目先の賃金以上の魅力を作らない限り、見捨てられるのは企業だと云うことを認識しているのだろうか。

40年前、転職先として真っ先に選んだのは外資系だった。結局は、転職先にしなかったが、やはり魅力的なところが真っ先に頭に浮かぶ。
さて、労使共々、こうした点は焦点にならないのかな?

リストラ数は6年ぶりに1万人超え。業績好調でも早期退職者を募集する理由と言う記事を読んで

2020年1月27日

https://www.businessinsider.jp/post-202090
リストラ数は6年ぶりに1万人超え。業績好調でも早期退職者を募集する理由

「2019年のリストラによる退職者数が6年ぶりに1万人を超えた。
で始まる記事を眺めていると、昨年の記事を見て感じたことと同じようなことが書かれているなと思う。

もっとも、視点はやはり異なるので自分なりに整理しておく。
昨年感じたことは、1990年代の業績悪化の責任をとる経営者がいなくなり、尻尾切りしやすいホワイトカラーがそのとばっちりを受けたという評価ではあるが、今回は違うようだ。

《人財もカンバン方式になるのか》

・必要な人材を必要に応じて調達する

と言うことが当たり前の時代になるかもしれない。
その傾向は、通年採用の廃止や早期退職制度、いったん退職した人たちのネットワークの構築、リターンの受け入れやすさの土壌の醸成などにも現れてくるだろう。

こうした世界観の中では企業側にも働く側にも制度改革、意識改革が必要になる。

役に立たないからと言って人を廃棄処分にしたり返品をすることを安易にしてはならない。そのためには
・企業側は、どのような戦略の元でどのような人材が必要なのかを明示しなくてはならない
・漠然と優秀な人とか、○○分野に精通していると云った曖昧さや自己申告に頼るような応募はできない。
・なぜならば、そうして集めた人材が必要な人材を満たしているかどうかはやらしてみないとわからないリスクが大きいからだ
・やらしてみなければわからないのは当然としても、リスクは避けるべきだ。
・ダメなら交換は無責任すぎる
個人の方も、
・市場(企業)が必要な能力を身につける努力が求められる。
・しかし、企業固有の特殊能力は経験に頼らざるを得ない。
・企業側も個人も能力開発をする必要がある。
さらに
・個人の方も、自分の能力の記述化が求められる。何を提供できるかを明示できなければ、採用しようがないからだ。
・参考になるのは、離職するときに基の企業からの離職時に能力証明書を発行してもらうような仕組みかもしれない。

《大学の役割の変革》

4月の一括採用であれば、専門学部であるなら一定の専門知識を証明できるかもしれないが、多くは汎用知識になる。
これでは、上記の能力の説明にはほど遠い。
大学では、教養としての汎用知識と職業に必要な特殊技能や知識を提供できる仕組みが必要だ。
それは、今までのように4年で卒業するというカリキュラムではなく、単位を取るまで卒業させない余云う仕組みも必要だろう。

大学は、単なる知的探究心を満たす場であると同時に、その知識を職業にするという役割を担っても善い。そのために学生は費用を払い、レポートなどの課題をこなし単位を取得し、取得したことへの担保をする。等姿を思い描く。
レポートを出さないので単位はあげられないという教官に対し簿力を振るうなどと云うのはあり得ない。
したがって、大学は他の大学では取得できない知識や資格を与えられるように能力を上げるべきだし、もらうお金に見合うサービスを提供しなければならない。
量から質へは当然であろう。

こうしてみると、入学する学生数が制限されるというのも変な話だ。
今はIoTが発達している。オンラインの受講が可能なのだから、募集人数という考え方も辞めるべきだろう。仮に、実施能力が必要な場合には選抜すれば善い。向いていない人は途中で軌道修正する必要がある。

活動の制約条件として、空間的場所や物理的な距離などがあり、多くの仕組みはこれを堰堤としている。YouTubeで、仕事風景や授業風景を発信することができる。どんな働き方や能力開発をしてきたかも記録として残す方法が自動化されてくるだろう。

時間と場所の制約条件がなくなるとどのようなビジネスモデルが構築できるかを考えるべきだろう。

《経験と知識の蓄積が必要になる》

今から40年前の自分と、65歳になろうとしている今の自分は同じではない。
かつて身につけた技術は今早くにはたたない。常に自分自身を変え続けなければ生き残れない。
おそらくは、今後定年制がなくなるという時代においては同じ会社・同じポジションで働き続けるなどと云ったことは不可能になる。
知識を常に拡大し技術を磨き経験を蓄積し、自分でチャンスを探し続けると云うことが必須になるだろう。

マネジメントの対象は自分になる。HRMは個人ごとに行われる世界になると思う。

地方の活性化の現実

2020年1月25日

■ 地方の活性化の現実

《地方都市を訪れて、行政はどう考えているのだろうと思ったこと》

地方での人口流失の問題は、数年前に秋田に訪れたときも感じたことだ。
地元では四苦八苦している印象が有り、行政はどのようにしているのかなと、下記のサイトをのぞいてみた。

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/mahishi_index.html

この中では、以下のような記載がある。

「長期ビジョン」及び「総合戦略」について
日本の人口の現状と将来の姿を示し、今後目指すべき将来の方向を提示する「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン(令和元年改訂版)」及びこれを実現するため、今後5か年の目標や施策の方向性等を提示する第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」がとりまとめられ、令和元年12月20日に閣議決定されました。

関連資料には
2.まち・ひと・しごと創生の横断的な目標に基づく施策の推進
②新しい時代の流れを力にする
・地域におけるSociety 5.0の推進 等
①多様な人材の活躍を推進する
・多様なひとびとの活躍による地方創生の推進 等

ときれい事のような記載があります。中身はなく、まるで人ごとのような記載で拍子抜けになります。

《シャッター通りのさみしさ》

先日、地方都市に出向くことがあった。東京から2時間ほどで、その名前を聞けば皆知っているはずだ。
最近駅前開発がおこなわれ一定程度整備されているようだが、一歩通りに出ると景色が一変する。ほとんどの店がシャッターを下ろしている。シャッターには緑の草花を装飾したデザインになっており、それほどすさんだ印象はないものの、やはり夜にはあかりがなくなり華やかさがなくなる。
そのせいか、人の行き来も少なく、さみしさが漂う。

地元の人に聞くと、商工会などが活性化に向けて頑張っているのだが、なかなか難しいとのこと。「やはり、お客さんが少ないのですかね?」と聞くと、「いいえ、後継者がいないんです」との答え。少子高齢化の影響なのだろうが、その関連性は複雑だ。

最初は何だったんだろう。

かつてこの地は富士登山の入り口の役割も持ち、非常に栄えていたようだ。しかし、だんだんと来訪者も減る中で、税収の落ち込みや、店舗の少しずつの減少が続き、また、地域外に流出する人口も増えていったのではないだろうか。
地元には、小学校はあるようだが、中学や高校は隣町で、地元には短期大学しかない。

教育の機会を求めるなら東京に行くという選択肢が強くなるだろう。
東京に出て、就業に機会がそこにあれば、地元に戻る選択肢は減るかもしれない。

いま、インバウンドを期待して大手ホテルチェーンが地元にホテルを建設している。
しかし、今後のことを考えると、まずは若い人に未来の選択肢を与えられるような教育機関や能力開発のための仕掛けを作るべきではないのだろうか。

観光振興の施策は本末転倒のような気がする。

QMS雑感:審査の適切性について

《審査の適切性(20200118)》

私は、審査員の資格の管理を「マネジメントシステム審査員 評価登録センター(JRCA)」の基準に従ってる。
その中で、有効な審査の条件として以下があげられている。
①適切な審査員(力量、責任、公平・公正な判断、正当な注意、法令順守、リスクの考慮)
②公正な報告(ありのままで正確な結果報告)
③機密保持(情報の利用・保護が適切)
④審査の独立性(偏り・利害抵触がなく客観的)
⑤信頼性(証拠に基づく結論)
いずれも当たり前のことなのだが、いろいろ話を聞くとそうでもないのかもしれない

《偏り・利害抵触がなく客観的》

先日、勝手な解釈をして指摘してきた審査員に納得できないことを伝えたら「そんなこと云うと不適合にするぞ」と脅されたという話を聞いた。
審査時には、明らかな「明文化されたルールとの逸脱」でない限り、判断を伴うものは組織側と話をすることが必要だ。例えば、品質目標で「測定可能」とあったとしても、何をもって「測定可能」とするかは判断になる。測定指標がないのならいざ知らず、うまくいっているかどうかの判断基準があれば不適合にする理由はない。
「測定可能」を審査員の経験で勝手に判断したり、組織の実情に合わないことを押しつけたり、他社の事例を供用することはあってはならない。
客観的であることが求められているのに、自己の主張を押しつける審査員がいるらしいと云うことは驚く。

《証拠に基づく結論》

証拠というのは、原則は「文書」「記録」になる。ただし、インタビューや観察した事象なども含まれる。
「文書」「記録」は動かぬ証拠なのだが、インタビューは必ず確認し、審査記録として文書化しておかなければいけない。また、観察した事象も、「たまたま」なのか「システムとしての不備」なのかを確認しなければならない。一過性の情報は取り扱いが難しい。
かつて,苦い経験をしたことがある。
インタビューで「○○をしていない」ことを確認したが、「やっていないことは悪魔の証明のようなもので実証することが困難」になる。やっていることは確認できても「やっていないこと」は証拠がないからだ。
最終的に合意に至らなかった。
証拠に基づく結論も、意外と難しい。

記事クリップ:未来投資会議(第27回)

《その場になってからでは遅すぎる》

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai27/index.html
未来投資会議(第27回) 配布資料  令和元年5月15日

資料1:高齢者雇用促進及び中途採用・経験者採用の促進
に以下の記載がある。

1.70歳までの就業機会確保
法制度上許容する選択肢のイメージは、
① 定年廃止
② 70歳までの定年延長
③ 継続雇用制度導入(現行65歳までの制度と同様、子会社・関連会社での継続雇用を含む)
④ 他の企業(子会社・関連会社以外の企業)への再就職の実現
⑤ 個人とのフリーランス契約への資金提供
⑥ 個人の起業支援
⑦ 個人の社会貢献活動参加への資金提供
が想定しうる。

と。

現在、この方向で法整備も進んでいると聞く。
いずれ、自分の望む限り働く場がありうる世界にはなるだろう。

しかし、①から④は何らかの組織に所属するので企業人という範疇になるが、④から⑦は組織に所属しないでで自らの責任で活動することになる。いわゆる「雇われない生き方だ」

これは、60歳になったからと言って突然できることではない。それなりの知識と技術と覚悟が必要だ。漫然と会社員を続けていては身につかない。

私自身は、自分のことは自分で決めたいという思いもあり、30歳から、組織と契約関係は結んだことはあるが、基本は独立していた。今考えると、知識も技術もなく、単に思いだけで選択した生き方であり、結果としてはとても成功しているわけではないが、それでも65歳の今でも何とかやっている。

今ならわかるが、こうした心構えは50歳になってからでは遅い。

かつて、大学の同期と酒を酌み交わしていた時に、「中野はいいよな」という声をかけられた。彼らは、私より収入もよく安定していたし、雇用も今よりも保証されていた。それでも、当時は「役職定年」という制度が導入され始めており、「50歳になったら君たちは要なしだよ」と言われている感が強かったのだと思う。

同じ言葉は、60歳になった時に、別の集まりでも言われた。当時は再雇用というよりは1年ごとの嘱託というもので将来の保証はない。「独立するにはどうしたらよい」という問いかけをもらったが、彼らに多くの選択肢はない。無理に起業することはリスクが高すぎる。

経験的に言えば、やはり40歳でリセットする気持ちで20歳代、30歳代を過ごさなければ無理だろう。
20歳代は、とにかく知識を身に着けることだ。それは、数学や歴史などの学問的なことでも、ピアノや絵画などの教養的なものでもよい。美術館巡りでも旅でも食べ歩きでもよい。会社の仕事以外の引き出しをとにかく増やすことだ。

いまは、副業も認められ始めている。30歳代になったらいろいろやってみることだ、その中でたくさん失敗をするべきだ。困難に直面した時に20歳代で獲得した知識が多ければ多いほど次にすべきことの選択肢が増える。

40歳代になれば、こうした経験を積み重ねることで自分と会社との関係性を再構築できるだろう。

こうした経験なしで70歳代まで働くことの選択肢を自分主導でコントトールすることはできない。

閑話休題 2020/01/14

プライバシーマークの審査の変遷

2020年1月9日、10日に、かつてPMS構築を支援したお客さん、これからPMSを取得したいというお客さん、QMSの支援をしているコンサルタント、戦略課題をHRMで解決しようとしているコンサルタントと話をする機会を得た。

情報交換をしてよかった。コンサルティングの方針も定まってきた。一方でそうした人たちと話をしていると奇怪な都市伝説的なことが浮かび上がってきた。 順不同なのだが、少し気が付いたことを記載してゆく

この10年間の変化

プライバシーマークの取得支援を初めて担ったのは、2005年ごろだったと思う。その時には、業務分析から業務マニュアルの作成、規定類の整備や申請、最初の現地調査の立ち合いなどを行った。

ISO9001の審査員になるきっかけは、PMSの受審をしていた時の審査員の態度に不満を持ったからだ。JISQ15001に書いていないことを指摘してきた上に、勝手に立ち入り禁止エリアまで入ってきてロッカーを開けたりしていた。こうした無礼な行為は審査員としてはとんでもない。

「今はどうなの?」と聞いたら今ではそういう審査員はほとんどいなくなったとのこと。また、かつては、彼らの都合で審査の終了時間を勝手に延長していたが、今では事前に決められた時間で終了するとのこと。 私の考える「当たり前」の審査になっていると安心した。

もっとも、審査員によりいうことが違うことがあり、対応の苦慮することはいまだに残っているという。管理資料はあくまでも組織側が管理しやすいように作っているのにもかかわらず、自分たちが審査しやすい資料の作成を求める審査員がいるらしい。審査員としての資質が疑われる者の排除が進めばよいのだが。

 

ドミナント戦略からの方向転換と考えられるのか

昨年の流れの中での外食産業のニュースだろう。

https://www.sankei.com/economy/news/200106/ecn2001060037-n1.html
幸楽苑が51店舗を閉店へ 全店舗の1割

閉店という話題であれば、「いきなりステーキ」が現在展開している国内489店舗(2019年11月時点)のうち、2020年春までに44店舗を閉店する方針をすでに発表している。
https://toyokeizai.net/articles/-/322315

この前後の記事などを合わせて読むと、単純に来店客数の減少があり、提供するサービスに対する評価が相対的に下がったことが原因ではないかと思う。そうした意味では、今後、サービスが変わらなければ浮上する理由は見つからない。

一方で、幸楽苑は事情が異なるのかもしれない。
会社のIR情報を見てみる。

https://hd.kourakuen.co.jp/storage/ir/attachment/%E6%8A%9C%E6%9C%AC%E7%9A%84%E6%A7%8B%E9%80%A0%E6%94%B9%E9%9D%A9%E3%81%AB%E4%BC%B4%E3%81%86%E4%BD%8E%E5%8F%8E%E7%9B%8A%E5%BA%97%E8%88%97%E9%96%89%E5%BA%97%E3%81%AE%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B_v3.pdf
抜本的構造改革に伴う低収益店舗閉店のお知らせ

この中での記載を抜粋すると以下のようになる。

2019 年5月 24 日公表の中期経営計画の目標を達成するため、低収益店舗の閉店や業態転換を通して、「収益重視型経営」(プロフィット・ドリブン)へ加速度的にシフトし、

●サプライチェーンの脆弱性への対処
台風19号の水害により、郡山工場が操業停止し、約250店舗への食材供給がストップ。
●人手不足
人手不足という業界を超えた課題へのひとつのソリューションとして位置付け
●構造改革
カニバリゼーションの解消による全体収益率の向上、物流網の見直しによるトータルコストの圧縮等、当社の抜本的構造改革の足がかりとなる施策

幸楽苑で提供するサービスに変化はなく、また急激な採算悪化ということは台風19号での影響を除けば見られない。一方で、「収益重視型経営」は個店ごとの収益性を見るということになるので、むやみな出店は避けるという戦略の切り替えだろう。

ただし、では従来はドミナント戦略をとっていたのかといえばそんな意識はないのではないだろうか。単に拡大路線をとっていたのかもしれない。
商圏を定めて収益性を計算するというのはマーケティングの基本になる。

いきなりステークは製品サービスの価値の再検討が必要なのに対し、幸楽苑はマネジメント戦略の見直しがキーになるだろう。さて、半年後くらいにどうなっているのか。

2020/01/07

社員が個人事業主に、タニタは変わるか

社員が個人事業主に、タニタは変わるか
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00114/00041/?P=1
2019年10月11日

体脂肪計で国内シェア首位のタニタ(東京・板橋)が、個人事業主として独立する社員を支援する制度を始めた。雇用関係ではなく、個人事業主への業務委託として働き続けてもらい、元社員の所得を増やして意欲も引き出す狙いだ。個人事業主となった人たちは、どんな思いで、どんな働き方をしているのだろうか。

この書き出しで始まる記事は、個人的には新しい働き方を示すものとして興味が尽きない。記事の中では労働法の問題を言う識者もいるが、その人が働く形を選べるというのは賛同できる。

一般に個人事業主は弱い立場に立たせられることが多く、昨年ではセブンイレブンの問題が取りざたされ、まだウーバーイーツの一方的な手数料引き下げについて団体交渉は行わないという姿勢についての批判の記事もある。楽天の送料の出店者への押し付けなども、立場の強いものが弱い立場の者に契約を押し付けてはいけないという民法への違反だと思うが、法的責任を取らされたということは聞いたことがなく、やはりバックボーンのない個人事業主の弱さが際立つ。

それでも、会社に言われるがままの人生が本当にいいのかどうかはわからない。自由と不安定さは表裏一体だと思うので強制できない。

私自身は、30歳の時には最初の会社を辞して、組織の所属することはあっても雇われるという生き方はしてこなかったのだと自負している。雇わない生き方雇われない生き方を実践しており、その働き方を象徴するインディペント・コントラクターの団体であるIC協会(https://www.npo-ic.org/)に参画している。

 タニタの取り組みもまだ数名だけの実績だろうが、もっと増えてくれると嬉しい。会社組織も、従業員の多様化を視野に入れる必要があり、旧来のHRMでは立ちいかなくなるだろう。IC協会には、自身が個人事業主としてやっていこうとする人たちが多くいる。試しに入ってみてはどうか。いろいろな人との交流ができる。