所在地での物価に変動させた給与体系の是非

以前、賃金体系の設計で支援した企業は、東海地方に拠点を分散させた業態を取っていた。
異動は比較的多く、その際の給与や手当で悩んでいた。
赴任に関しての引っ越し費用は実費を支払うとしても、新居に必要な費用(例えば新しい寝具や電化製品)は一定金額を想定しなくてはならない。
家賃補助などは、その土地の相場に依存する。
地方であれば、移動は車が必須になる。
首都圏であれば、通勤の負担や食べ物などの価格差が生活に負荷を与える。
とはいえ、こうしたことはある程度手当で吸収できるのだが、それでも年収ベースで差が出てしまい、どのみち社員の公平感が素材されよろしくはない。
ある種の妥協の産物になる。

さて、では新型コロナでテレワークが可能になるとどんなことが起きるのだろう。
いまでも、営業などはフェースツーフェースが重要だという話になっているが、通信環境が革新されると、それほど必須にならないかもしれない。
もちろん、現場に行かないと分からないこともあるのでゼロとは言わないが、それでもなんとかなりそうだ。

実際、現在請け負っている仕事は、地域的には離れている(広島や岐阜などがある)が、すべてリモートでなんとかなっている。工場などについてもビデオを送ってもらうことで最善ではないが最良のビジネスプロセスで進めることができる。

こうした環境で、給与をどう考えるべきかと言うことを考えさせられる記事を見た。

https://www.businessinsider.jp/post-220368

どこで働く方は本人が決めて良いが、物価の安いところでは給与もそれなりに減額させると言うことらしい。

これは間違っている。

①給与は、いくら必要かではなく生み出す価値で払うというのが前提のはずである。
②貧しい地域の人にこそ夢を与え優秀な人材を確保すべきである。
③在宅勤務が有形無形の利益を生むなら、それは働く人に還元すべきである。

社会的な使命で言えば,発想が間違っている。
同じことが最低賃金でも言える。産業がなく貧しい地域の最低賃金を低くてもかまわないという発想を捨てさせなければ、生産性向上に目が向かない。

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