戦略人事:二極化する人事制度(ソニー、富士通の差別化賃金制度)


■従来型人事制度の終焉

すでにVUCAと言う言葉が当たり前の様に使われている。
企業の経営環境はかつて無いほど変化の速度が速く、しかも予測しにくくなっている。EVを取り巻く環境も、少し前までは皆がこぞって参入していたはずが今は一転、魅力ある市場となっていないという報道も見える。

国内市場だけを見ているわけにも行かなくなってきている。すでに海外市場に関わっている企業は当然のこととして国内だけの取引をしている企業であっても顧客が海外展開していれば競合が海外であることもありうる。また、サプライチェーンは複雑で容易に地政学的リスクを受けやすくなる。

こうした状況下では経営戦略には柔軟で容易に再構築できる特質が要求される。
そしてこれは、経営を支える人的資源の扱いも戦略的であるとともに新たな枠組みの要求もしてくる。

その最たるものとして「ジョブ型雇用」があるだろう。
「ジョブ型雇用」は、昨年、あるいは一昨年あたりから表舞台に出始めており、人的資源のダイナミズムを求める企業では本格的に導入し始めている。

○2024年総合労働条件改善交渉における賃金水準改善について
持続的な企業価値向上に向けた人的資本への投資を拡大
2024年3月13日
富士通株式会社

当社では、ジョブ型人材マネジメントの考え方に基づき、人材マーケットを意識した報酬水準としており、社員一人ひとりの報酬は職責の高さに応じて決定しています。

2023年4月には、グローバル企業のベンチマーク結果に基づき、国内における全ての職層の社員を対象に報酬制度を見直し、月額賃金を平均10%、最大29%引き上げました。

今般、日本国内の賃上げに向けた機運の高まりに伴う人材マーケットの変動を踏まえ、競争力を維持する観点から人的資本へさらなる投資をするべく、賃金の引き上げを図ります。

https://pr.fujitsu.com/jp/news/2024/03/13.html

こうした動きはすでに昨年から予告しており突然のことではない。

○富士通が国内社員の月額賃金平均10%増、事業部長クラスは年収2千万~3千万円に
2023.04.28

 2023年6月支給分の給与から引き上げ、4~5月分も遡って支給する。富士通は賃金引き上げの狙いについて「中長期的なグローバルでの企業競争力のさらなる向上を目指すため」(広報)とする。富士通Japanなど、ジョブ型人事制度を採用する国内グループ会社も今回の賃上げの対象となる。

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/news/18/15099/

富士通だけではない。

KDDIも「KDDI版ジョブ型人事制度」という独自の制度を導入し、「人事」などの大きなくくりでジョブを分ける取り組みを始めました。ほかにも、日立製作所、資生堂、SOMPOホールディングスなどの大手企業が、続々とジョブ型雇用を導入しています。
https://president.jp/articles/-/70125?page=3

と言う記事も見る。

これは、これまでの
・新卒一括採用
・定期昇給
・終身雇用
などといった、ありきたりな画一化された人事制度の終焉を意味している。

とはいえ、突然のようにジョブ型雇用に応じた賃金制度を全社に展開することはできない。
働き方や役割、すなわち「ジョブ型雇用」を前提とした働き方と、いわゆる「パートナーシップ型」を中心とした働き方は混在することになる。

バリューチェーンで見ても、アフターサービスと総務、工場の生産ラインで働く人々などは故人のスタンドプレイではなくのグループ全体としての働き方で価値を生み出す。これをジョブという枠組みで役割を定義したとしても賃金はこれを切り離しておかないと混乱を招く。

■従来型賃金の利点と時代錯誤

画一的なパターン化はできないが、今までの賃金制度の多くは以下の特徴を持っている。
一般的には号俸制と呼ばれるもので、資格等級などを横軸、縦軸に給与もしくは昇給額のテーブルを用意する。資格等級はさらに、初心者、経験者、主任などのグレードに分ける場合もある。毎年、縦軸の下方に移動し、評価により横軸に移動する。
これに合わせて年齢や勤続年数毎に加算してゆく。
こうした賃金制度の利点は、将来の給与を予見しやすいと云うことであろう。
専門性を高めて別の職種に移動することも可能であろうし、一方で異動による減額を避ける工夫もできる。
運用面でのしやすさがある。
また、高度な専門技術を保有している人材には、称号としての「マイスター」の付与とこれに伴う手当などで差別化も図りやすい。

しかし、こうした賃金制度は会社組織の中でのガラパゴス化を招く。
それは市場との相場間の格差が自然と発生する。その結果、会社間の目に見えぬ格差は噂として流れ、単に昇給率の差で離職を招く。

○年収の賃上げ率、+4.8%を下回ると「給与に不満を感じる」
2024年03月19日

 Indeed Japan(東京都港区)は20~59歳の正社員を対象に、賃上げ率に伴う就業者の意識・行動の変化に関して調査を実施。その結果、年収の賃上げ率が平均「+4.8%」を下回ると給与に不満を感じ始めることが分かった。

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2403/19/news079.html

他社がよりよい扱いをしていると分かれば転職してゆくだろう。
それは人手不足の拍車をかけるリスクがあると言うことである。
したがって、従来型の賃金制度であろうと「市場価値」というものを意識しなければならない。

■ジョブの値段ではない。市場価値の算出が必要である

市場価値という視点で対応が必要なのはジョブ型雇用の方が切実である。なぜならば、すでに自分の価値はいくらかと云うことが徐々にオープンになり始めている。それは転職サイトの活性化により徐々に加速化される。
従来型の賃金制度では対応でき無いことは明らかである。期間付きの雇用形態になるのは必須である。前提として「ジョブ型雇用」では、働く人を会社に縛り付けておくことはできないという事実に目を向けることである。ただし、プロジェクト単位で雇用せよと云っているわけでも単年度契約にしろといっているのではない。

ジョブの市場価値を前提として
・どんな働き方を期待するのか
・どの程度の期間が前提か
・報酬の内訳の相互の合意をどう構築するか
などを明らかにすることになるだろう。

これは、大企業であればあるほど顕著になり、既存の組織構造にゆがみをもたらす。

○パナソニックG「賃上げ」に異変、子会社の初任給が上回る逆転現象「IT業界で見劣りせぬよう」
Mar. 19, 2024

パナソニック コネクトの樋口泰行CEOは言う。

「コネクトが身を置いている業界は、IT、ソフトウェア、AIといったソリューション寄りのビジネスであり、当社はそこにシフトしようとしている。同業界の相場観から見て、見劣りしないよう、競争力のある給与水準でなければならない。日本では学卒・新卒採用が大きな割合を占める一方で、初任給には特にギャップがあった。
優秀な人材を獲得していくため、新卒採用に向けた給与水準においては、強い競争力を持っていきたいと考えている」

https://www.businessinsider.jp/post-284005

■待ったなしの騒乱の予感

現在、中小企業に限らず中堅企業であってもなかなかDX(デジタル化)が進まない原因は「IT技術者」を社内に取り込んでいないことが挙げられる。彼らを社内に取り込むためには、市場価値を前提として「ジョブ型雇用」を取り入れるべきである。

その時に、安易に社内にちょっと詳しい人材がいるからと言って登用してはならない。

すでに大手は、「リストラ」と「積極採用」のハイブリッドな人材戦略を展開している。

○ソニーG、ゲーム事業の人員8%削減 世界で900人
2024年2月27日

ソニーグループ傘下のゲーム事業会社、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)は27日、SIEの社員数の8%にあたる約900人を削減すると発表した。欧米や日本、その他のアジア太平洋地域など世界全地域を対象に、ゲーム開発や間接部門で働く従業員などを減らす。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC27D480X20C24A2000000/

○ソニーG、最大16.6%賃上げ 初任給は1万円増
2024年03月21日

 ソニーグループは21日、2024年春闘で、基本給に相当する「ベース給」を上級担当者クラスで最大16.6%(5万2800円)引き上げると労働組合に回答した。標準モデルでは5.4%(2万400円)増となる。同社では個人の評価や成果に応じて給与が決まるため、定期昇給やベースアップなどの仕組みはない。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2024032100844

あなたの会社で賃金制度を単に自動的な昇給メカニズムと資格手当程度で報酬を考えていたとしたら悪手である。なぜならば、技術を身につけたIT技術者は容易に転職できる社会になっている。

すべきことは大企業と同じである。
パートナーシップ型の賃金制度と市場連動型の賃金制度のハイブリッド化を進めることである。

(2024/03/25)