世間に転がる意味不明:放送できない「寺内貫太郎一家」(大声もDV)


戦略人事のネタでもあります。

■ひっそりと流れるニュース

○「大声で怒鳴る」もDVに 改正法4月施行、変更点は?
2024年3月26日

4月1日に改正配偶者暴力(ドメスティックバイオレンス=DV)防止法が施行される。これまでとは異なって身体的なDVだけでなく、言葉や態度などの「精神的DV」も被害者への接近を禁じる保護命令の対象となる。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD1415Y0U4A310C2000000/

わかりやすいニュースだ。「意味も無く大声でどなり威嚇するのはDV」である。
このニュースを目にして、そういえば昔「寺内貫太郎一家」というドラマがあったな。
いくら「不適切にもほどがある」が人気だとしても、これは再放送できないなと思った。

■怒鳴るという行為の意味

ジョーエレン・ディミトリアス著「reading people 邦題:こっそり他人の正体を読む法則」では、その人の立ち居振る舞いをパターン化して、その人物像を想像するためのいろいろな秘訣が記載されている。その中で「大きな声をだすことで、状況やその場にいる人をコントロールしようとする人がいる」と評するように、場違いに大声を出す人の心理などを解説している。

自信のなさ、傲慢さ、自身のコントロールができない未熟さなど負の側面での心理を表す行為としての代表的な行為でもある。ただし、時と場合によることは配慮しよう

「死にたいのか馬鹿野郎!」といって、稼働する工作機械に不用意に近づいた部下の服をつかみ引きずり倒した工場長の言動は当然の行為であろう。何が危ないのかを明確に伝えることだから。

崖の方に歩いて行った生徒に、大声で「アブナイ、戻れ!」と走ってゆくのも妥当だろう。

しかし、仕事の手順を間違えたり、遅刻をしたからと言って、大声で「給料泥棒!」などという言動は間違っている。どうしたら「正しい同左ができるか」を一緒に考え話し合えばすむはずである。

■教育をしなければならない

いまは「昭和」ではない。
「命令」ではなく「対話」でお互いの意思疎通を図ると云うことが求められる時代である。

企業内でも、ちょっとしたことが「パワハラ」になってしまう。
「指導」に「大声」はいらない。

若手に対してもベテランに対しても繰り返し教育をしなければならない。
たった一人の不適切な言動が会社の信用を毀損しかねない。

(2024/03/28)