世間に転がる意味不明::論点がずれたままでは解決はしない(LRTとライドシェアとシステム思考)


こうした議論は繰り返しているが、今回はシステム思考ということも絡めて再掲する。

■学習する組織

ピーターセンゲの「学習する組織」はページ数も多く、読破するのに時間がかかるとともに若干難解である。しかし、そこで示している、世界を理解するための枠組みであるシステム思考を理解するためには一読の価値がある。

ベースとなるのは「システムダイナミクス」であり、多くの要素の因果を基にループ図を描くことで、社会の動きを理解するとともに、施策の焦点をどこに絞るのかの議論のベースとなる。

これがないと、施策の検討が付け焼き刃になり、いったい何を解決したいのかが分からなくなる。

■問題の認識と課題の展開

何が問題なのか、あるいは何を解決したいのかの論点あるいは大事にしたい価値観が異なると相互の対話は生み出すことはできなくなり、課題解決の為の施策の展開は難しくなる。

これは行政が政策展開する際に失敗する多くのパターンで繰り返される。
行政が解決すべきことは公共の利益である。
それは、交通システムで云えば「渋滞の解消」「交通弱者の解消」「交通空白地帯の解消」この延長線上での「地方都市の活性化」がある。

そうした取り組みの成功例として「LRTについては」に着目すべきである理由がある。

○宇都宮ライトレール、利用者数150万人 LRT1日乗車券が好調
2023/12/22

次世代型路面電車(LRT)の宇都宮芳賀ライトレール線を運行する「宇都宮ライトレール」は、21日に利用者数が150万人に達したと発表した。開業から118日目での到達で、事前の需要予測より約3週間早かった。

https://mainichi.jp/articles/20231222/k00/00m/040/423000c

注意しなければならないのは、LRTについては葉単独で捉えられているわけではなく。宇都宮市が勧めるコンパクトシティの構想のワンピースであることである。そこには明確な目的性がある。

■ライドシェア

こうした公共性が無視され、業界保護を打ち出すと議論がおかしくなる。
それはライドシェアの持つ意味を曲解させかねない。

ライドシェアはいわゆる「ウーバー」と同じ様に、プロではないドライバーが自家用車でお客を運ぶというのがイメージに近い。もっとも、現行制度では、第2種の自動車免許がないとできないなどの制約があると聞く。

こうしたライドシェアは推進したい人々と反対している人々がいるのはいつものことである。しかし、それは異なる理由からだ。

先日のニュース・記事で岸田政権が「ライドシェア」を推進すると言った主旨の記事を見た。彼がシステム思考を身につけているとは思えないが、何かしらの関心事として「ライドシェア」に目を付け得たことだけは分かる。当然、是非が議論されるが、ゆがんだ形の制度設計にならないことを祈る。

■過疎地と観光地と都市部のタクシー不足

ドライバー不足は均一ではないので議論がおかしくなる例として、過疎地と都心部では問題が異なることが挙げられる。ドライバー不足は、おそらくは深刻なのは地方ではないだろうか。地方でも中核都市ではなく、それ以外の、それこそ集落としか言いようのない街では深刻のような気がする。
実際、地方の駅に降り立ったときには、乗降客数も少なく、したがってタクシーなどは影も形も見えない。こうした地方都市では、医療や買い物が困難な弱者が点在しており、自家用車がなければ不便極まりない。
そして誰に配慮するのかと言う論点がなければ保身に走る人々の都合が闊歩する。

○タクシー不足で地方が悲鳴 業界はライドシェア導入に反対
2023/10/17

一般の人が自家用車で客を有料で運ぶ「ライドシェア」導入に向け、「活力ある地方を創る首長の会」が17日、国に提言を出した。高齢化と人口減少が加速する中、地域社会での移動手段の確保は喫緊の課題だ。新型コロナウイルス禍の収束後、増加傾向にある外国人観光客の運送にも十分に対応できておらず、地方は悲鳴を上げている。

富山県の南西端に位置する南砺(なんと)市(人口約4万7千人)。
市は7年前、米ウーバー社日本法人(東京)との間で全国の自治体で初めてとなる協定を締結。タクシーのない空白地限定で、ボランティアが自家用車で買い物したり、通院する高齢者を無料で送迎したりするための実証実験を試みようとしたが、業界団体が難色を示し、予算取り下げに追い込まれた。

https://www.sankei.com/article/20231017-6QEZLMPLSFKBPOFDO6XRF6LBOU/

都心部や観光地は「生活」のための足がないのではない。「娯楽」を維持するための足が欲しいだけである。

○夜の街で“タクシーがつかまらない” 手取り50万円も運転手不足 ライドシェア導入検討も「安全性」懸念
10月23日

◆岸田首相
「地域交通の担い手不足や、移動の足不足といった深刻な社会問題に対応しつつ、ライドシェアの課題に取り組む」
一般のドライバーが自分の車を使って、有料で人を運ぶライドシェアの導入を表明した背景にあるのが、タクシーの運転手不足です。

◆記者リポート
「午前1時半になろうとする中洲にあるタクシー乗り場です。利用客がいるにも関わらずタクシーが1台もいません」
週末の福岡市・中洲タクシーの待機場に利用客がいるものの、肝心のタクシーが来る気配はありません。

https://yotemira.tnc.co.jp/news/articles/NID2023102319334

したがって、だれを救済するのか、その人々を取り巻く交通問題の要素をとりあげなければならない。

それを放置すれば以下のような議論になる。

○「駅前ですらタクシーがつかまらない」それでも”ライドシェア解禁”が遅々として進まないワケ
岸田首相は”既得権者”と”国民”のどちらを選ぶのか
2023/10/31

もちろんこんな付け焼き刃の対応でタクシー不足が解消されるはずはない。昨年10月時点の人口推計で73歳の人は203万人いるが、72歳は187万人、71歳は176万人、70歳は167万人と急激に高齢者の数が減っていく。いわゆる団塊の世代が労働市場から急速に姿を消していくわけだ。タクシー業界は65歳以上の高齢者が多く働く職業の典型だ。年金をもらいながら働く人も多く、これが人件費を低く抑えてきた面も強い。バブル崩壊後、深夜の高額利用も減り、バリバリ稼ごうという若者がどんどん入ってくる職場ではなくなった。日本のありとあらゆる産業で人手不足が深刻化している中で、高齢運転手に支えられてきたタクシー業界が今後も急激に人手確保が難しくなることは明らかだ。

https://president.jp/articles/-/75288

■安全の議論は誰のためか

反対の動きについて下記の記載がある。

「一定条件下で認められている自家用車での有償旅客運送の対価はタクシーの半額以下。首長の会は対価基準を「タクシーと同程度」に設定し、その理由について「『半額以下』ではボランティアであり、ドライバー不足の現状では持続可能性が低い」とした。」

報酬面だけではない。安全面でも懸念する記事がある。

○タクシーの“安全性”崩壊で乗客リスクが増大!? 元ドライバーが「ライドシェア解禁」に反対するワケ
2023年10月17日

今回、多くのタクシードライバーに話を聞いたが、ライドシェアの一般ドライバーにどこまで乗客の安全を担保できるのかという疑問の声が多く上がった。

「タクシードライバーには、仕事のはじめと終わりに必ずアルコールチェックがある。一方、ライドシェアに対してはこの縛りがない恐れが高く、点呼による疲労度などの確認も、アルコールチェックもない状態になるのは非常に怖い」

https://www.ben54.jp/news/628

しかし、これが杞憂なのは情報技術を活用すれば解決できることはウーバータクシーのメカニズムを見れば明らかである。

また、下記の様に「相乗り」の管理運行も可能であろう。

○“シェア乗り”構想発表 タクシーの相乗り拡大で人手不足解消目指す
2023年10月19日

政府は、一般のドライバーが自家用車を使って有料で乗客を運ぶ「ライドシェア」で、地方や過疎地での交通手段不足を解消することを検討しているが、NearMeは相乗りを有効活用することで人手を増やさずに、現状の人員や車両による送迎効率を高めたい考えだ。

https://www.fnn.jp/articles/FNN/603387

こうした議論は、そもそもよって立つ価値観が異なる。

推進した人々が真っ先に述べるのは「ドライバー不足」である。そして反対する人々の問題は「収入」である。いいわけとして「安全」は隠れ蓑である。これに加え、行政のもう一つの課題は「地方」である。

■システム思考の欠如がもたらすもの

システム思考では、要素間の因果律が重要になる。それは、たとえ「タクシー業界は自分たちの売上が下がるのは困る」「タクシー運転手はもっと稼ぎたい」という要素でもかまわない。「タクシー業界の売り替え」は、「自分たちの管理下の運転手の数」であれば、「ライドシェアの運転手の管理」とタクシー会社を結びつければ良い。

そうして、それぞれのループの中に、彼らの主張「交通弱者」「運転手不足」「安全」などを配置する。さもないと、何の議論をしているのかが分からなくなる。

何度も言う。議論を行なう為にシステム思考を疎かにすることは良くない。

(2024/01/02)