戦略人事の課題:採用戦略に立ちはだかる現実(有効求人倍率と差別化戦略)


戦略人事の課題:採用戦略に立ちはだかる現実(有効求人倍率と差別化戦略)

(2024/01/10 第1版)

■人事の仕事

人事部門の仕事とは何かをChatGTPに問いかければ以下のように答えが返ってくる。

1.採用と選考: 新しい従業員の募集、選考プロセスの実施、面接の管理、求人広告の作成と配信など、組織に必要な人材を見つけるためのプロセス全般を担当します。

では、採用活動とはどのようなものか。大雑把に言えば以下のようなものであろう。
①採用計画の策定
②採用担当者の決定
③採用手法の選定
④選考フローの検討
⑤求人作成
⑥選考・面接
⑦内定者面談
⑧入社後フォロー

しかしこれはオペレーションの話であって「戦略策定」の話ではない。
人事部門は「採用と選考」にどのような戦略性を持ち込むべきなのだろうか。

■採用計画の策定

かつての高度成長期のように、○○人採用予定であり、募集すればそれ以上の人数が応募し、○○人に内定すれば全員入社する、などといった楽観的なことはあり得ない。

中小企業では、募集してもそもそも応募がなく、また内定を出しても入社しないという声を多く聞く。また、大手企業であっても内定辞退率が高く、3年内離職率に悩まされている。

したがって、単に員数を指定しただけの採用計画は「絵に描いた餅」でしか無く、採用戦略が必要になる。

「人財場伊藤レポート」では、その戦略の一例として下記が記載されている。

(3)学生の採用・選考戦略の開示 ③ 本取組を進める上で有効な工夫
工夫1:学生のキャリア選択権の明示
工夫2:通年採用の導入、多様な入社月の設定
工夫3:学生への人的資本経営方針の発信

特に「工夫3:学生への人的資本経営方針の発信」については

⚫ 学生は、企業の存在意義や事業機会、多様な人材が受け入れられる風土等に、高い関心を持っている。
⚫ このような関心の高まりを受けて、自社に共感する学生を少しでも多く獲得する観点から、企業は、人的資本経営の方針や、その中で重視している施策を学生へと発信する。
⚫ また、入社後に経験できる人材育成の仕組みや、将来のリスキル・学び直しの機会についての関心にも十分に配慮し、学生が将来享受できる人的資本投資の内容について、できる限り具体的に説明する。

とあり、単に採用媒体に出す以上の学生にとってのメリットを提示することを求めている。これらを実現するためには,採用時だけでなく、長期的な人財戦略の策定と個別の採用計画をリンクさせなければならない。

■現実としての労働市場

こうした戦略策定のためには会社を取り巻く環境や労働市場を理解する必要がある。

(1)有効求人倍率
マクロ的なデータはすぐには使えないかもしれないが参考にすべきである。
厚生労働省が発表している有効求人倍率は労働市場の一側面を把握することは有効である。「一般職業紹介状況(令和5年3月分及び令和4年度分)について」でデータを見る。

令和5年3月の数値をみると、有効求人倍率(季節調整値)は1.32倍となり、前月を0.02ポイント下回りました。
正社員有効求人倍率(季節調整値)は1.02倍となり、前月と同水準となりました。
3月の有効求人(季節調整値)は前月に比べ1.5%減となり、有効求職者(同)は0.1%増となりました。
3月の新規求人(原数値)は前年同月と比較すると0.7%増となりました。
これを産業別にみると、生活関連サービス業,娯楽業(8.3%増)、宿泊業,飲食サービス業(5.9%増)、卸売業,小売業(3.1%増)などで増加となり、製造業(8.0%減)、建設業(6.3%減)、運輸業,郵便業(1.1%減)などで減少となりました。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_32763.html

コロナ渦での有効求人倍率が令和2年度で1.2を割り込んだもののその後は上昇し1.3倍程度になっている。この水準は平成30年の1.6倍には及ばないものの上昇傾向は続くと予想される。

有効求人倍率の上昇は人手不足の続く現状ではますます採用の困難性が高くなり、単に員数あわせでは対応できないことを示している。
採用の困難性は今後も続くであろう。

(2)賃金統計
厚生労働省からは毎月勤労統計調査の結果が公表されており、世間一般での賃金水準を想定できる。(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/30-1a.html
同じように、独立行政法人労働政策研究・研修機構のサイトからも賃金の傾向を見ることができる。(https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/chart/html/g0002.html
参考として2022年での一般労働者の所定内給与は32万円ほどであり、昨年からの賃金アップの圧力でこれがさらに上昇することも予想される。

伊藤レポートにあるような戦略的な取り組みは重要である。しかし、一方で「報酬」の話を避けてはならない。それは単純に賃金を上げろということではない。世間の賃金の趨勢を見て、優れている点・劣っている点を挙げること、そして初任給だけでなくキャリアパスの想定と標準賃金の替え方を明示すること。山賊のように儲けの山分けを考えている企業に魅力は無い。

■員数あわせからの脱却

すでに員数あわせの採用戦略は破綻している。また、能力の高差を基準にするのも破綻している。なぜなら、能力の高い人財は「あなたの会社を選ぶとは限らない」。員数の想定は重要であるが、それだけを基準にしてはならない。社員にとって魅力ある会社を作るとともに、共感してくれる人、人柄の良い人を探索すべきである。

人財の採用・選択ではない、「探索」である。それに向けてのデータ収集と戦略策定が人事部に与えられたミッションである。

(2024/01/10)

■有効求人倍率などに関するその他の記事

○7月の求人倍率は1.29倍、3カ月連続で悪化 失業率は2.7%
2023年8月29日

厚生労働省が29日発表した7月の有効求人倍率(季節調整値)は1・29倍で、前月より0・01ポイント下がった。悪化は3カ月連続。企業の求人数はほぼ横ばいだった一方、求職者が増えた。

https://www.asahi.com/articles/ASR8X640PR8XULFA00V.html?ref=smartnews

○7月の失業率2.7% 4カ月ぶりに悪化
2023/08/29

7月の有効求職者数は0.9%増えた。求職の理由について「職を失った人の他、人手不足による長時間労働を嫌った離職や、より待遇の良い仕事を求める動きがみられる」とした。

https://nordot.app/1069044590420345175

○完全失業率8月は2.7%、前月から横ばい 自己都合の離職増加
2023年9月29日

政府が29日に発表した8月の雇用関連指標は、完全失業率が季節調整値で2.7%、有効求人倍率が1.29倍となり、ともに前月から横ばいとなった。総務省の担当者によると、より良い条件の仕事を求めていったん離職する「自発的な離職(自己都合)」が増えており、労働市場環境はそれほど悪くないという。

https://jp.reuters.com/article/unemployment-japan-idJPKBN30Y28I

○8月の求人1.29倍で横ばい 失業率は2.7%
2023年09月29日

有効求人数は0.1%増と2カ月連続プラス。外国人観光客が増える中、人手不足感の強い宿泊業や飲食サービス業などで増加。一方、原材料高などで製造業や建設業などの求人は低調だった。
一方、有効求職者数は0.2%減。4カ月ぶりのマイナスだが、足元では収入増を求めてパートタイム労働者が正社員への転換を目指す動きなどが増えているという。
完全失業率は、完全失業者数を労働力人口で割って算出する。完全失業者は前月比1万人増の185万人と2カ月連続の増加。定年などの非自発的な離職が減少した一方、条件の良い仕事を求めて自発的な離職をする人が増えた。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2023092900269&g=eco

以上