規格要求事項の私的解釈:「0.2 品質マネジメントの原則 -顧客重視-」(データ改竄の自己肯定と顧客の信頼)


■記録の改竄

昨年のダイハツ工業の事件において驚く発言を目にした。

○ダイハツ認証不正 車の安全揺るがす行為だ
2023/12/22

この問題を調査していた第三者委員会の報告書によると、新たに発覚した不正は174件にのぼる。事故を想定した側面衝突試験で、本来は衝撃によって電子制御で作動すべきエアバッグをタイマーで作動させるなどしていた。

ダイハツの奥平総一郎社長は「今回の不正により、乗り続けて問題がある事象は発生しなかった」としている。

https://www.sankei.com/article/20231223-JNV467MUNVLLJPVKELWZMIAIVY/

安全は保証しないが「乗り続けても問題は無い」という発想が理解できない。
ISO9001の審査員をしている立場では理解できないし、規格で示している適用範囲の趣旨に反している以上認証解除は当然である。

規格では

1 適用範囲
この規格は,次の場合の品質マネジメントシステムに関する要求事項について規定する。
a) 組織が,顧客要求事項及び適用される法令・規制要求事項を満たした製品及びサービスを一貫して提供する能力をもつことを実証する必要がある場合。
b) 組織が,品質マネジメントシステムの改善のプロセスを含むシステムの効果的な適用,並びに顧客要求事項及び適用される法令・規制要求事項への適合の保証を通して,顧客満足の向上を目指す場合。

とあり、顧客価値を軽んじて、また製品サービスの提供の能力を証明する気もないなら認証取得の資格はなく、下記の対応が順当であろう。

○神鋼環境ソリューション子会社、ISO認証取り消し
2023年11月27日

認証機関は「意図的なデータ改ざんの事実が確認された」と公表している。神鋼環境ソリューションは「特定の顧客の情報となるため、詳細は明らかにできない。当該の受託業務も継続しており、事業への影響はない」(総務部)としている。

神鋼環境メンテナンスの社内調査で2022年10月、特定の受託業務についてデータ改ざんが判明し、顧客や認証機関に報告した。「法令違反はなく、業務を受託している顧客からも処分を受けていない」(神鋼環境ソリューション)といい、他の顧客らにも影響はないという。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF277P70X21C23A1000000/

■顧客重視の軽視

しかし、これらの記事で共通している「データの改竄はしているが大丈夫」という論理は顧客の信頼性は無視されている。「他の顧客らにも影響はない」という論理は自己都合の論理であることを理解していない。

ISO9001:2015という規格では、下記の要求事項がある。

5.1.2 顧客重視

 トップマネジメントは,次の事項を確実にすることによって,顧客重視に関するリーダーシップ及びコミットメントを実証しなければならない。
a) 顧客要求事項及び適用される法令・規制要求事項を明確にし,理解し,一貫してそれを満たしている。
b) 製品及びサービスの適合並びに顧客満足を向上させる能力に影響を与え得る,リスク及び機会を決定し,取り組んでいる。
c) 顧客満足向上の重視が維持されている。

顧客重視という価値観を組織に浸透させ、これを実行させることは経営者の責任である。まずはこれについての自覚が経営者になければならない。安全に関する検査をせず、それを保証できない製品を顧客に届けておきながら「大丈夫」ですという発言をする人間に経営をする資格はない。

ダイハツ工業の事件では、上記規格のa)の「顧客要求事項及び適用される法令・規制要求事項を明確にし」がされていなかったとしたら無責任であり、明確にしていながらこれを無視していたのなら企業の倫理観の欠落である。どちらなのかが分からなければ対策もできないだろう。文書化要求になかろうと明確にすると云うことに「見て分かる」ことが含まれていると解釈すべきである。

b)について云えば、「リスク及び機会を決定」をしているかどうかが分からない状態も望ましくない。箇条「6.1 リスク及び機会への取組み」と紐付けて考えなければならない。漠然と理解すべき要求事項ではない。

c)は言わずもがなである。安全かどうか分からない車を「大丈夫です」と云われても、あぁそうですかと考えるほど消費者は愚鈍なのであろうか。明らかに顧客に対する誠意がない対応が、「顧客満足向上の重視」につながっているは思えない。

こうした顧客要求事項に対して、漠然と品質マニュアルに記載すべきではない。
自社の「品質」に関する全体戦略の中で個別プロセスを整理すべきである。全体の設計図がないからこそ、いったい我々は何をしているんだろうという不明な状態になり、正しい行動もできなくなる。

今回の事件を軽視しない方が良い。他山の石と無視すればいずれ自分たちに返ってくる。

■無視される品質マネジメントの原則

審査をしていると、規格要求事項について箇条の4以降については品質マニュアルに記載があり、これの関心はあるものの、その前の項番については無視されることが多い。もちろん当たり前のことが記載されているのだが、規格では何を大切に思っているのかを理解することは、自分の会社の価値観とのすりあわせをする上では有用である。

どこが同じでどこが違うのか。
今まで考えてもみなかったことは何かを感じる必要がある。

0.2 品質マネジメントの原則
この規格は,JIS Q 9000 に規定されている品質マネジメントの原則に基づいている。この規定には,それぞれの原則の説明,組織にとって原則が重要であることの根拠,原則に関連する便益の例,及び原則を適用するときに組織のパフォーマンスを改善するための典型的な取組みの例が含まれている。
品質マネジメントの原則とは,次の事項をいう。
-顧客重視
-リーダーシップ
-人々の積極的参加
-プロセスアプローチ
-改善
-客観的事実に基づく意思決定
-関係性管理

このうち「顧客重視」についてISO9000:2014に解説があるので引用する。
※以降は中野の私見である。

2.3.1 顧客重視

2.3.1.1 説明
品質マネジメントの主眼は,顧客の要求事項を満たすこと及び顧客の期待を超える努力をすることにある。

※ 顧客満足とは、顧客要求事項が100であれば100を満たす製品サービスが提供されればOKである。「顧客の期待を超える」とは「より」安全、「より」高い効能(例えばおいしい)などを指し、これにむけて「努力する」ことを求める。昨日と同じことをしていることで満足することを良としない。

2.3.1.2 根拠
持続的成功は,組織が顧客及びその他の密接に関連する利害関係者を引き付け,その信頼を保持することによって達成できる。

※したがって、顧客の信頼をないがしろにする言動はISO9001:2015という規格が求める品質の考え方とは相容れない。

顧客との相互作用のあらゆる側面が,顧客のために更なる価値を創造する機会を与える。
顧客及びその他の利害関係者の現在及び将来のニーズを理解することは,組織の持続的成功に寄与する。

※顧客がどのようなニーズを持っているのかを分析することが求められる。それは単に,顧客満足度チョウッサをすれば良いわけではない。顧客の声に耳を傾けるとともに観察し潜在的な不満なども見つけることが必要である。製品サービスに対する顧客要求事項のレビューであっても、ふとした会話で気づくこともある。思考を巡らせることが求められる。

2.3.1.3 主な便益
あり得る主な便益を,次に示す。
-顧客価値の増加
-顧客満足の増加
-顧客のロイヤリティの改善
-リピートビジネスの増加
-組織の評判の向上
-顧客基盤の拡大
-収益及び市場シェアの増加

※一つ一つを漠然と捉えることは望ましくない、たとえば「顧客価値の増加」とは何か。お客様は当社に何を期待しているのか。当社の製品サービスでお客様の困り事の何を解決するのか。それがまだ不十分だとしたら何をすべきかなどの戦略につなげなければならない。一つ一つを深掘りするだけで経営課題の明確化につながる。

2.3.1.4 取り得る行動
取り得る行動を,次に示す。
-直接的及び間接的な顧客を組織から価値を受け取る者として認識する。
-顧客の現在及び将来のニーズ及び期待を理解する。
-組織の目標を顧客のニーズ及び期待に関連付ける。
-顧客のニーズ及び期待を組織全体に伝達する。
-顧客のニーズ及び期待を満たす製品及びサービスを計画し,設計し,開発し,製造し,引き渡し,サポートする。
-顧客満足を測定・監視し,適切な処置をとる。
-顧客満足に影響を与え得る密接に関連する利害関係者のニーズ及び適切な期待を明確にし,処置をとる。
-持続的成功を達成するために,顧客との関係を積極的にマネジメントする。

※これも同様に漫然と読み飛ばすべきではない。それぞれの行動は会社の何が対応するの化を明らかにし明らかにすべきである。「組織の目標を顧客のニーズ及び期待に関連付ける。」が実施されているために定期的にレビューしているだろうか。内部監査でもマネジメントレビューでも話題に上がらないようなら、上記のことが重視されているとは云えない。

■深掘りできるだろうか

漫然と規格要求事項を眺めていても行動は変わらない。全ての規格要求事項は組織の持つ「顧客要求事項及び適用される法令・規制要求事項を満たした製品及びサービスを一貫して提供する能力」に係わってくる。一つ一つの言葉が意味することを具体的なモノに定義して行こう。さもないと、「安全は保証していませんが大丈夫です」という傲慢な言葉を発し、顧客からの信頼を失う。

(2024/01/12)