日本アイアイファンド 活動報告会

昨日、東大本郷の「東大総合研究博物館7階ミュジアムホール」で日本アイアイファンドの年に一度の総会・活動報告会が開催された。

アイアイファンドは純粋に個人の寄付だけで成り立っており、昨年の寄付者は100人に上る。活動は2002年から行っているので、すでに15年以上になる。
協力者の多さは島先生の人徳によるところも多いのだろう。

現在は、保護区での植林に力を入れており、いわゆる放火による火災防止に努めている。
順調に柵の建設と植林は進んでおり、森の復活が見えてきている。感覚的ではあるものの生き物も戻ってきているようだ。

来年は生物調査をしたいとの思いもあるが、いかんせん資金がないのが悩みだ。
現在の寄付に加え、100万円ほどが必要になる。
とはいえ、活動方針として企業の寄付は考えていないので、協力者を募るしかない。

100万円なので、5千円ずつ200人という計算は成り立つものの、単純にお金を集めれば良いという物でもない。

日本アイアイファンドに賛同をしてくれることが大前提になる。
悩ましいところだ。
皆さんにも「日本アイアイファンド」の活動に関心を持ってもらえるとうれしい。

さて、現在「東大総合研究博物館7階ミュジアムホール」では家畜展を行っている。
犬猫などではなく、いわゆる役務補助・食料としての牛・馬・羊・山羊・鶏などはおよそ1万年前に中近東で発生したのではないかと言われている。

最初は、その場で殺して食べていたのだが、偶然かどうかはともかく「生け捕り」にしていたところ、子供ができるなど管理可能であることがわかったのが最初のきっかけではないかという説明だった。

 

 

 

鶏も、食べるのはもちろんだろうが、飾りとしての羽や鳴き声の鑑賞にも勝ちを見いだしていたようで興味深い。

 

 

 

 

 

 

 

興味を持たれた方は一度行って見てはどうだろう。
大丈夫、東大に入るのに試験はない。

マダガスカル通信 2019/1/11(2)

小学校との協力などについての続報です。

 

 

 

今回は学校植林地を整備しようということになりました。木曜日はマナサムディに登って仕事をしてはいけないということで、植林が一時中断し、丸太の運搬だけにして、学校植林の日にしました。

基地の西隣の私立学校の土地です。7月の児童センターへの飴玉やサッカーボールが好評だったので、今回も日本から飴玉を買っていって渡しました。

子どもたちは全部で65人、教員が5人、校長と村のコンセイエ(顧問?)となったミッシェル(濱口さんに自分の持っている10ヘクタールに植林できないかと言った人)とこちらの森林監視員が加わり、お祭りさわぎとなりました。

生徒ひとりにアカシアとラミー一本ずつの植樹でしたが、アジャさんの指導演説にはびっくりしました。できる男です!飴玉とサッカーボールは、誰も文句のつけようがないほどの興奮でした。

ブルノーは「今回が初めてじゃあありませんよ。あなたが学校に協力してやれって言ったから、サッカーボールとバレーボールとかノートとかをこれまでも寄付してます」と。そうだったっけなあ?

ミシェルは村の幹部として、マナサムディ山を正面に見て村の中心部にちかづく道路に並木を作りたいということで、傘状になるマンタリという木の苗30本(片側15本)を植えました。この苗がいつのまにか、クラニの苗畑にあったのは、どういう理由なんだろう?

「バオバブのほうが観光になるんじゃないか?」と提案。「まあ、次はそうしますか。でもマダガスカル人はこっちが好き」うーむ。

今回は基地まわりの林を切って丸太にするほか、老朽化してきた基地の整備、とくにまわりの柵を作りました。この杭の丸太は基地内から供給できるのですから、簡単。

もうひとつ。ジルベール森林のそば、境界標識10番のとなりに植林看板と石碑を建設しました。

この石碑は孫が来た記念にしたのですが、設置したアジャは「これは誰も手がつけられません。だって、この地域の人々にとっては墓と同じ構造なので、恐れられて聖域となります」とか。

それなら、保護区を守る石碑作戦もありうるな、と。ついでに、ジルベール森林と木の看板を立てて、植林成果もアピールしました。

この植林看板の左の林がそれで、看板の右隅に人がいるところが石碑の位置です。

さて、年末から没頭してきた仕事に戻ります。

アイアイファンドの活動報告会は、理事の清水さんの退院を待って決めたいと思っ
ています。

島 泰三 2019年1月11日

遠く離れた地での植林事業は我々に何の関係があるんだと感じることもあるかもしれないですが、今やらなければならないことの一つとして応援していただけるとうれしいです。

追記
日本アイアイファンドは寄付で運営しています。
皆さんのご協力をお願いいたします。
http://www.ayeaye-fund.jp/

マダガスカル通信 2019/1/11(1)

島先生からメールが来ました。

 

 

アイアイファンドの皆さま、ならびに勝手に連絡している友人の皆様

12月に出発したはずの島からの連絡が年を明けてもないのは、マダガスカルに居ついたか、そこで死んだか、どっちかで、どのみち日本に不要の人物だったなあ、と思っていらっしゃるかと。

実は、マダガスカルに出発する日にメール機能が壊れ、当日遠隔操作で修理するという技術者を二人も頼んだのですが、ついに壊れたままとなりました。スマホのラインで日本とは無料通話ができたので、メールはいいやということになりました。そうすると、時間の節約になり、仕事がはかどることが分かりました。

そうこうするうちに悟ることがあり、年末年始にかけて没頭し、ようやくひと段落ついたので、マダガスカル報告をしようと。

現地は真夏。アンタナナリヴから12時間かけてアンジアマンギラーナに到着。ちょうど植林を始めた日に夕方から大雨となり、雨期入りです。これで植えた木の水の心配をせずにすむと、おおいに安心しました。

今年は私が現地にいる間に、すべての作業をすませよう、アジャさんとブルノーを動員して準備しました。短期決戦です。私立学校の校長の協力と村の協力、そして森林監視員たちもかなり働き、成果を上げることができました。

第一は植林。5ヘクタールという広さですが、一日七十人動員して、昼飯も食わせるということで、現場7時集合、午後4時解散という8時間労働体制でした。70人の食事の準備を赤ちゃんをかかえた女性ふたりが準備するのですが、まあ、よくやれるものだ、と感心しました。

写真に写っている人数は30人程度ですが、よく見ると食事係もいないので、これで半分ですね。なにしろ集まらない人たちなのです。

牛車はあの山道を一日3回往復するという難行でしたが、牛たちの強さに驚かされました。今年のアカシア苗は2年物なので、高さは2メートルになり、牛車の上で旗指物のような感じでした。

今年は2キロにおよぶ柵の修理について考えました。どうしても横木は壊されるし、熱帯では木は簡単に腐るのです。丸太を購入するのは、高価なうえに入手困難で、アンツイヒで買えば、40キロの運搬費用がたいへんです。

そこで、基地まわりの林を切って丸太を出すこと、2010年にジルベールたちMAFが植えたアカシアを切って丸太にすること、さらにアンタナナリヴの事務所隣家のハナキリンを切って、柵の間に植えて、生垣を作ること、を計画しました。隣家のフランス人は快諾。さっそく長さ1メートルのものを百本切り出し、現地に運んでこれを20センチに切り、丸太の柵の間に植えました(2メートル間隔で1キロ分)。丸太の材料は、基地まわりの立木です。写真のように20年間切らずに放置したやぶは森になっていて、ここから丸太を切り出すだけで、柵の杭を供給できました(基地の柵ぞいに小学校への道があり、そこを通る子どもたちと比べると木々の大きさが分かるのですが、手前の木は2010年に植えたものです。)。これで、ジルベール森林には手をつけずにすみました。

光方式での植林は実に効果的で、植林地の状態もよく分かります(写真の植林成果をご覧ください)。また、植林後の活着率も圧倒的で、2年目になっても成長は続いています。

今回は、植林地さえ守ることができれば、保護区南端の保全ができること、そのための柵資材、苗の供給に見通しができたこと、植林された木々は順調に生育しているので、ジルベール森林のように10年たてば種子も生産できる大きな林になること、などを確認し、ようやく見通しがついたなあ、という感じでした。

今回のもうひとつの作業、小学校との協力などについては、次の報告で。

アイアイファンド代表 島 泰三 2019年1月11日

相変わらずの活躍です。

追記
日本アイアイファンドは寄付で運営しています。
皆さんのご協力をお願いいたします。
http://www.ayeaye-fund.jp/

マダガスカル通信 2018/12/04

少し前の話で申し訳ない。
島先生のいつもの、マダガスカルでの現地調査などを実施するための渡航になります。

下記のメールが来ていますので、公開します。

アイアイファンドの皆さま、ならびに勝手に連絡している友人の皆さま

明日からマダガスカルに行ってきます。

昨日来、マダガスカル現地からの連絡があり、苗の生育状況、苗畑の状況など詳細が
分かりました。3000本の苗(ビニール袋の列)の右隣が今年用の苗、ラミーをはじめ
8種合計4172本です。大きな苗に育っているのが分かります。

ラミーやバオバブなどは苗屋では作っていないので、特注です。これらの野生種の苗
を育てるためには、種子の採集からはじめなくてはなりません。

これを準備したのは、森林監視員のほかにアンジアマンギラーナ婦人会です。
また、植林には小学校の生徒たちにも参加してもらおうと思っています。

で、飴玉をたくさん買い込みました。決して私用ではありません(笑)。

現地にも飴玉はあるのですが、日本製飴玉はお土産として、ことさらよろこばれるこ
とが分かりましたので、準備しています。パイナップル飴も加えました。

西川という漫画家の描いているアジアの風景で、「お金を見せると殺気立つが、飴玉
の前では誰もが笑顔になる」という場面があります。万国共通ですね。

では、では、行ってきます。

マダガスカルの植林事業はもう何年目になるでしょう。
順調にいってほしいところです。

追記
日本アイアイファンドは寄付で運営しています。
皆さんのご協力をお願いいたします。
http://www.ayeaye-fund.jp/

日本アイアイファンドの活動も15年を超えました

先週の日曜日にアイアイファンドの報告会に行ってきました。
 
日本アイアイファンドの主旨に賛同して理事に名を連ねてから15年にもなります。
 
日本アイアイファンドの創設の宣言には下記の宣言が記載されています。
 
2001年に日本にやってきたアイアイたちは、マダガスカルの森がどれほど危機に瀕しているかを訴えるメッセンジャーだった。そこでは、年々15~30万ヘクタールの森林が焼き払われ続けており、このままでは35年以内にすべての森林が消滅する(東京23区5万9千ヘクタール)。それは世界のサルたちの半分に近い特別な原猿たちや世界のカメレオンの過半数が、世界のバオバブの大半や特別な生き物たちの長い、長いリストのすべてが失われることを意味している。その上、残された焦土に人々の限りない貧困が続くこともまた意味している。
世界の片隅の小さな活動が世界を変えることは単純にはできないかもしれませんが、それでも放置をしていて良い問題ではありません。
「アイアイ」という歌は知っていても、その姿を知っている人は少ないかもしれません。
保護区では、その姿を捉えることが可能ですし、日本でも上野動物園で見ることも可能です。
保護区内キャンプ地に現れたアイアイの子ども(写真:阿部雄介)2013年11月16日
これらの動物がすむ森をつくろうと、マダガスカル現地で植林活動も行っており順調な広がりを見せています。
日本アイアイファンドには若い人も賛同してくれていますがまだまだ知名度は低いです。
そのため、活動資金不足には常に悩まされ続けています。
マダガスカルで活動を進めるためには年間200万円程度の資金が必要ですが、全員に頼っているためになかなか大変です。
日本アイアイファンドのホームページは以下の通りです。
ぜひ賛同いただき、寄付という形で参画していただければ幸いです。

マダガスカル報告2018年8月22日

「アイアイファンドの皆さま 友人の皆さま」で始まる島先生のレポートは、7月26日から7月31日までの、現地でのさまざまな出会いが書かれたA4で6ページにも及ぶものです。

相変わらずの不測の事態のオンパレードで思い出深い視察になったようです。

レポートには多くの写真が含まれており、下記のアフリカタテハモドキも印象的です。

まずはマダガスカルの写真を整理し、必要な修正も加え、コメントもいれてようやく完成しました。映像は、愛ちゃんが自分で撮ったアイフォンの写真を組み入れて編集するという正木ディレクターの方針で、ただいま編集中です。

との言で、下記のメールが来ています。
参加資格はないので、「アイアイファンド」に興味がある方は来ませんか?
中野の名前を出せば大丈夫でしょう。連絡ください。

アイアイファンドの皆さま、ならびに勝手に連絡している友人の皆さま

報告会を以下のように開催します。

場所 本郷三丁目、喫茶店麦、11月25日日曜日、午後2時から、会費1000円(飲み
物とケーキ)DVD「2018年7月島と孫旅」

今回は、この7月のマダガスカル報告ですが、孫を連れての旅だったので、そちら
がメインとなっています。

しかし、正木さんが編集してくださって、メリハリのよいDVDができています。こ
とに、今回は村々の様子や街道の様子など、今まで私がまったく撮影してこなかった
風景があるので、マダガスカルとはどんなところかを知る上では、面白いと思いま
す。また、一度行った方なら、「ああ、こんな風景」と懐かしいかも。

植林地は濱口光方式が成功した様子をご報告できます。実にすばらしい活着率と生
長でした。これを見ると、今までやってきたのは、何だったのか、と思うほどです。
もっとも、最初のアカシアの植林地は生長して、今年は切って、柵に使おうと思って
いるくらいです。

また、島は12月にマダガスカルへ行く予定です。植林の本番なので、今年も光方式
で徹底したいと考えています。

また、島はこのところ、あちこち行っていますので、近況もご報告かたがた。イノ
シシ、刺身はありません(きっぱり)。

島 泰三

マダガスカル通信・20180728

帰国直前のレポートのようです。

アイアイファンドの皆さま、また友人の皆さまへ

7月26日、無事にマジュンガからアンタナナリヴに戻ってきました。タナは
今、・・・あれ?下でドスドスの音は、愛ちゃんの縄跳びのようです。

朝起きた時は、「今日から真剣に勉強しようかな?」と言っていましたが、朝食が終
わるとモルモットの相手。庭のハンモックに乗ろうとしているので「ジジのものだか
ら乗るな」と言うと、「やだ」と飛び乗ってひっくりかえり、私に映像を撮られたの
ですが、「髪がひどいから撮らないで」とか言っておりました。

こうなるまでに、どんなことがあったかを細かく書くとたいへんなことになるので、
日程だけを簡単に。

7月19日、中継点のモーリシャスからアンタナナリヴに到着。夕刻遅く、渋滞のな
か、五人全員へとへとでスアビナのブルンドル(フクロウ)宿へ。

7月20日、午前中はフェリックス、アジャさんと打ち合わせ。愛ちゃんママを病院
へ、薬屋へ。午後アジャさんとプロジェクトの進行状況と今回の日程確認。ここで、
マジュンガへ行く飛行機の予約はしても、全員分の費用は支払っていないことに気づ
き、急きょエアマダへ。渋滞で閉店に間に合わず。ただ疲れただけ。

7月21日、アナラケリのエアマダ事務所開店を待って、支払いをすませ、出発準備。

7月22日、1220発。1325マジュンガ着。エアマダ単独ではなく共同運航便なので、時
間にも正確。機体はボンバル。アジャさんの出迎え。昼食は海岸で魚料理。夕刻、水
平線に落ちる夕日が美しいシルクル・ルージュの崖へ。

7月23日、本番。午前3時40分全員起床、4時マジュンガ発。アンブンドルマミでアン
タナナリヴから来た2台の車と合流。ここから乗り換えて、アンジアマンギラーナ
へ。と思ったら、車のエンジンが始動しない。1時間後、ボスコー・アジャで修理
し、出発。

アンジアマンギラーナ着14時ちょうど。

マナサムディの第10番標識へ。植林地視察(写真のとおり、光方式の拡大によってこ
れほどしっかり、植栽した木々が立派にそだっています。しかもここはデモ用の比較
的狭い範囲にすぎず、本体は草むらの中ですが、崖までしっかり植林ができていて、
木々のまわりの草が刈ってありました。)。帰りにクラニの畑へ。苗畑視察のあと、
バナナを取ると切り倒す愛ちゃんとママ。アンツイヒ泊。

7月24日、午前5時出発。正午すぎにアンカラファンチカ4キロ手前の予約したバンガ
ローへ。新築できれいだが、水がでない。これはダメと宿泊はあきらめて、レムール
探しガイドを頼み1時間回るも成果なし。

一路マジュンガへ。夕暮れ時に間に合った。

7月25日、ラックサクレへ。ちょうど、祈りの最中で、多くの人が願い事にきてい
た。その近くでシファカの群れにあって、愛ちゃんたち超喜。エサをやる、触る、や
りほうだい。

海岸のホテルで飲み物を頼んだが、来たのは注ぎ口のついたポット二つにミルクいっ
ぱいはいったものと、ココアの粉の一皿。驚いたバアバたちがサービスに文句を言う
ので、愛ちゃん。「うるさいんだよ、いちいち文句ばっかり言って」

皆々、愛ちゃんに恐れ入る。

それから土産物を買うと市場へ。アンタナナリヴにはバニラがないのだ。夜道を海岸
通りで、マジュンガ交差点のバオバブにびっくり

7月26日、午前中シファカに再度会いにいく。帰り道、カシューを売っていたので、
私は愛ちゃんにカシューの中身を見せようと、果肉つきのカシュー果実を思い切り噛
んだ。バカである。猛烈な渋みというか、しびれ。カシューの種子をくるむ果肉にあ
るアミグダリンは青酸配糖体で、体内で青酸化合物となる。しばらく水を含んでは吐
き出した。

飛行機は午後2時20分定刻にマジュンガを飛び立ち、午後3時25分定刻に到着したが、
デジに頼んだ車二台がついていない。この時、バアバ連がまたデジの手配の悪さをあ
れこれ批判する。すると愛ちゃんの一喝。「悪口ばっかりいうんじゃないよ。」ジジ
は思わず「いいやつだなあ、お前は」と言ってしまった。超渋滞の中、ようやくやっ
てきたタクシーは猛烈なスピードで市内を走り抜けた。さまざまな手違いは人生の常
である。それに不満を持つだけではなく、しっかり対処することが重要だと、私はい
つも思っている。愛ちゃんはそれが分かる「いいやつ」。

7月27日、午後帰ってくる車がなければ、愛ちゃんたちの仕事はモルモットの世話だ
け。午後2時に戻ってきた車で、ちょっと市内を回った。ちょうどポンカンのいい季
節。

明日はいよいよアンバトランピの児童センターへ。石原さんが支援している警察関係
者の孤児たちの家です。愛ちゃんたちは80人分の飴玉を用意しました。

2018年7月27日夜、ママと風呂に入って、歌をうたっている愛ちゃんの楽しそうな声
を聴きながら。

日本アイアイファンド代表 島 泰三

マダガスカル通信・20180721

マダガスカルに無事到着したようです。

アイアイファンドの皆さま、友人の皆さま

明日、現地アンジアマンギラーナへ出発です。マダガスカル到着以来、すでに三
日、もろもろの問題が起こり、実にハラハラしましたが、「辛い時が楽しい時」とい
う明石家さんまの名言を思い出し、なんとか問題をクリアしました。

今回は、現地にいるIさんと、アジャさん、ブルノーさんに助けられ、手配がすべ
て完了しました。飛行機の手配や車の手配、ホテルの予約、食料の調達、植樹の準
備、児童センターへの贈り物の支度などなど、数多いうえに、ちょっと体調を崩した
者もいて、病院に行くなどもありましたが、とにかく!とにかく出発できます。

当地はただいま、真冬。日中気温が20度まであがりません。当然、夜は寒いのです
が、まずまず快適です。今年は果物のなりがよかったということで、アボカドは50キ
ロ、ザクロは50個も収穫できたとララは喜んでいました。ザクロはたったひとつ取り
残しがあり、皆でおいしくいただきました。近藤さんは「こんな大きなザクロは見た
ことがない」と驚いていました。

フクロウはいませんが、ヨタカが寝ていて、愛ちゃんたちはとても喜んで、写真な
どとっています。食べ物も、節子が工夫したので、おいしいと喜んでいます。が、ジ
ジが運転手や使用人などに命令形で話しているらしいのが、気に障るらしく「この平
等の世の中におかしくない?」とジジ批判。車に乗っていると、すれちがったタク
シーベ(小型バス)の運転手から手を振られて、はにかんでいました。

乾期の真ん中ですが、アンタナナリヴはちょっと雨模様。夕方から雨です。また、
気温が下がるかな。

島 泰三

 

マダガスカル通信・20180718

日本アイアイファンド代表の島先生からのメールの紹介です。

親バカならぬ孫バカなのかもしれません。

今年もマダガスカルに行かれるそうですが、その理由が・・・

アイアイファンドの皆さま、ならびに勝手に連絡している友人の皆さま

今晩からマダガスカルに行ってきます。8月1日には帰国しますので、短い旅行になります。

が、今回はわが人生の中でも最大級のイベントです。

「そんなのばっかりじゃん」と、これまでの私の行動から勝手に評価してはいけません。「どうせ、ジャイアントアイアイ捜索とか、そんなあたりだろう」と思われる方もいるかもしれません。

しかし、そんなことではないのです。なんと!17歳になった『孫の力』の「愛ちゃん」が「マダガスカル行く、ジジの仕事しているところまで行く」と言い出したのです!!なので、急きょ彼女の夏休みに合わせて、アンジアマンギラーナまでの長旅です。

愛ちゃんのママとかバアバとか、島の旧友とか、いろいろいっしょです。

今年は正月からたいへんでした。

愛南町へスマという養殖魚の新種の宣伝取材に行き、ついでに現地の旧日大行動隊長とともにイノシシを殺して、解体し、食べるところまでやったのが、皮切りでした。
シンガポールに続く海外取材もう一か所(というか、二か所が続き)、月一の動物園取材のほかに、深夜の北陸、真夜中の琵琶湖北岸、東北の沼、北海道の雪渓、知床の真夜中、奄美の真夜中と海岸の旅、有明海から伊万里湾の散策と続き、マダガスカルから戻ると、すぐにまた中国地方の川が待っています。こうしてみると、夜中が多いなあ。アイアイだけで夜の調査は十分なんだけど。

このあとも、いろいろ現地取材があります。さらに、某&某出版社からの依頼で犬の本、現代人の本、そしてマダガスカルのシファカの絵本が続きます。ひたすら、ひたすら原稿を書いています。

そうそう、ご報告が遅れましたが、緑化機構から今年の植林事業への助成が決まりました。決まる前から、アジャさんに頼んで、苗畑と植林地整備は始めていたのですが、とにかく少しだけ息がつけそうです。

今回のマダガスカル行きでは、植林事業のほか、児童センターも訪問します。愛ちゃんたちは「大縄跳びとかもって行こう」と張り切っています。

どんな子になるんだろう?

日本アイアイファンド 代表 島 泰三 2018年7月17日

 

 

はだかの起源(第1章まで)

はだかの起源(第1章まで)

私は日本アイアイファンドの理事をしている。(たぶん)
最も名目上なだけで、単に応援をしているに過ぎない。

その代表の島泰三先生から、「はだかの起源」(講談社学術文庫)が送られてきた。

新書版の「はだかの起源」は2004年気楽舎から刊行されており、島先生の真理に対するあくなき探求心を見せられた一書として驚かされた記憶がある。
この書籍が、学術的に再評価され文庫本になったことはうれしい。

先生の探求のアプローチは観察やデータに基づく事実を丹念に積み上げたものであり、経営マネジメントに係るものとしてもその姿勢を見習いたい。

本書は表題に「不適格者は生きのびる」と副題にあるように、毛皮を失うことが合理的であるはずはないという文脈で様々なことが語られる。

私自身は「進化論」は懐疑的だ。
生命が高々数十年という時間で死んでゆく運命の中で、形質を変えてゆくということがやはり実感できないからだ。マウスの実験を繰り返して進化しマウスができたかというとそんな話を聞いたことがない。

それでも「強いものが生き残るのではない。環境に適応したものだけが生き残る。」は説得力がある。
しかし、もしそうなら、「毛皮という完ぺきな防護服」を捨て去る理由は環境適応だったのか。
それは本書を読んでみてもらいたい。

「第一章 ヒトの裸の皮膚は自然淘汰で生じたはずはない」で始まる本書は経営者にとっても刺激的な本になるだろう。

「変革」という言葉がある。変わってゆくことが必然だとしてもそのやり方はいろいろある。
環境に適応できなくても戦う術はある。